Presence Speech Therapy Japanese Site https://presencespeech-ja.com カリフォルニア州認定、日本語による成人向け言語セラピー Fri, 14 Oct 2022 00:13:14 +0000 en-US hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.5 コラム10|失語症のご家族をお持ちのあなたへ。あなたはどのようにしてコミュニケーションをとりますか。 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%91%ef%bc%90%ef%bd%9c%e5%a4%b1%e8%aa%9e%e7%97%87%e3%81%ae%e3%81%94%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%82%92%e3%81%8a%e6%8c%81%e3%81%a1%e3%81%ae%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%b8/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2591%25ef%25bc%2590%25ef%25bd%259c%25e5%25a4%25b1%25e8%25aa%259e%25e7%2597%2587%25e3%2581%25ae%25e3%2581%2594%25e5%25ae%25b6%25e6%2597%258f%25e3%2582%2592%25e3%2581%258a%25e6%258c%2581%25e3%2581%25a1%25e3%2581%25ae%25e3%2581%2582%25e3%2581%25aa%25e3%2581%259f%25e3%2581%25b8 Fri, 02 Sep 2022 02:04:00 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=582 以前担当した男性のお話です。数年前脳内出血を患い、以来体が半身不随になり、杖をついて歩くようになりました。身体の動きも生活に支障をきたす理由のひとつでしたが、その方の1番の悩みは言葉が出てこなくなってしまい、会話をするのにとても時間がかかるということでした。趣味はアウトドアスポーツと言うことで、とても活動的な方でしたが、脳血栓を患うことで生活が大きく変わってしまいました。 失語症の検査で有名なものに「ボストン ネーミングテスト」と言うものがあります。 物の絵を見てそれが何なのかを言うテストです。小型のアルバムやスケッチブックのような本の中に、一ページにつき一つ、絵が描いてあります。初めのうちは「家」「スプーン」など、使う頻度の高いもののイラストがでてきて、後半になると「カヌー」や 「竹馬」など、普段あまり聞いたり使ったりしないものの絵が出てきます。 初めのうちはわりとすらすらと者の名前を言えたその方は、サボテンの花を見て「なんだかはわかるんだけど言葉が出てこない。」と言ってそのままそのまま黙りこみ、そのまま静かに苦笑しながらその絵をじっと見つめていました。 「こういう風に、言葉が出ないと詰まってしまうんです。」と彼はたどたどしく説明します。「周りの人が気を使ってあなたの代わりに言ってしまうことはありますか。」と聞くと彼は顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。彼は私に人差し指で、すみませんちょっと待ってください、と言いたそうに私に合図しました。 しばらく待つと彼はようやく、私の顔を見上げ、咳を切ったように「妻が私の代わりに話そうとするんです。それがとっても悔しい。」と言葉を絞り出しました。「悔しいでしょうね。自分の考えを自分で言葉にして言いたいのは誰にとっても同じですよね。」と私が言うと、彼はそれまでこらえていた涙をこぼしながら何度も頷きました。「でもマイクさん、今あなたは指図をして私に時間をくださいと伝えてくださいましたよね。それをルール化するといいかもしれませんね。」と私は彼に伝えました。 失語症の方言葉が出ない方に自立心を持っていただくこと、存在感を感じていただくことはとても大切です。例えばあなたの奥様や旦那さんが失語症になってしまったとします。 お話をしていてご主人の言葉が出てこなくなったら、このように、時間をくださいと合図できるようなジェスチャーをあらかじめ作っておくといいでしょう。この方のように指を1本立ててちょっとお待ちくださいと言う指図は英語圏ではアメリカではほぼ誰にでも通用しますし、日本でも手を軽くあげるだけで同じような組合の意思の疎通ができます。 彼はサボテンの絵を見てそれが何なのかをすぐに言うことができませんでしたが、「ヒントがほしかったら『ヒント』と言ってください。そうしたら少しだけ手助けを差し上げます。そしてまた更に助けが必要であれば『ヒント』と言ってください。またすこしだけ手助けを差し上げます。」私がそう言うと、なるほどといった様子で私の目を見て頷き、サボテンの絵をまたしばらく見つめたあと「ヒント」と言って私に助けを促しました。「『サ』から始まります。」と私が言うと、彼はまたしばらく考え、「ヒント」と言いました。『サ』の後は3つの音が続きます、と言って私は左の後に3つの『〇』を書き、彼がそれを見て言葉を探し当てられるかどうかを見ました。それからしばらく時間が欲しいということを示す手振りと、助けが欲しいと言う意思を示す「ヒント」が繰り返されたのち、彼は「サボテン」を口に出すことができました。安堵の溜息と顔いっぱいの笑みで溢れました。 たかが「サボテン」と言う言葉を思い出すことがどうしてそんなに大事なことなのかと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしここでのポイントは、ものの呼び名を思い出すことよりも、話し手が時間が欲しい、助けが欲しいと言う意思を伝えるシステムづくりをすることが大事だということです。 あなたのご家族が失語症を患っている場合、このようにその方とミニュケーションを取る上で必要な相手への意思の疎通がきちんとシステム化されていれば、お互いストレスを軽減でき、会話の内容に集中することができます。 このように、言葉のセラピーでは、言葉を流暢に出せるようにするためのエクササイズだけではなく、生活をしていく中でのコミニケーションを潤滑にしていくシステムづくりにも力を入れるべきです。 もしあなたのご家族の言語セラピストがドリルや練習ばかりに時間を費やしているということであれば、普段どういうことがご家族の間でのコミニケーションに支障をきたしているか例を挙げて相談をすることをおすすめします。失語症が直るまでは普段の生活に近づけない、などと思わずに、今日からできる範囲で生活を取り戻していき生活の中で起こり得るコミニケーションのつまづきに対応していく言語セラピーを受けることが大切です。 プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に、言語セラピーをオンラインまたはサンディエゴ近郊にお住まいの方は必要に応じて訪問セラピーを提供しております。言語力、思考力でお悩みの方はどうぞいちどご相談ください。

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以前担当した男性のお話です。数年前脳内出血を患い、以来体が半身不随になり、杖をついて歩くようになりました。身体の動きも生活に支障をきたす理由のひとつでしたが、その方の1番の悩みは言葉が出てこなくなってしまい、会話をするのにとても時間がかかるということでした。趣味はアウトドアスポーツと言うことで、とても活動的な方でしたが、脳血栓を患うことで生活が大きく変わってしまいました。

失語症の検査で有名なものに「ボストン ネーミングテスト」と言うものがあります。

物の絵を見てそれが何なのかを言うテストです。小型のアルバムやスケッチブックのような本の中に、一ページにつき一つ、絵が描いてあります。初めのうちは「家」「スプーン」など、使う頻度の高いもののイラストがでてきて、後半になると「カヌー」や

「竹馬」など、普段あまり聞いたり使ったりしないものの絵が出てきます。

初めのうちはわりとすらすらと者の名前を言えたその方は、サボテンの花を見て「なんだかはわかるんだけど言葉が出てこない。」と言ってそのままそのまま黙りこみ、そのまま静かに苦笑しながらその絵をじっと見つめていました。

「こういう風に、言葉が出ないと詰まってしまうんです。」と彼はたどたどしく説明します。「周りの人が気を使ってあなたの代わりに言ってしまうことはありますか。」と聞くと彼は顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。彼は私に人差し指で、すみませんちょっと待ってください、と言いたそうに私に合図しました。

しばらく待つと彼はようやく、私の顔を見上げ、咳を切ったように「妻が私の代わりに話そうとするんです。それがとっても悔しい。」と言葉を絞り出しました。「悔しいでしょうね。自分の考えを自分で言葉にして言いたいのは誰にとっても同じですよね。」と私が言うと、彼はそれまでこらえていた涙をこぼしながら何度も頷きました。「でもマイクさん、今あなたは指図をして私に時間をくださいと伝えてくださいましたよね。それをルール化するといいかもしれませんね。」と私は彼に伝えました。

失語症の方言葉が出ない方に自立心を持っていただくこと、存在感を感じていただくことはとても大切です。例えばあなたの奥様や旦那さんが失語症になってしまったとします。

お話をしていてご主人の言葉が出てこなくなったら、このように、時間をくださいと合図できるようなジェスチャーをあらかじめ作っておくといいでしょう。この方のように指を1本立ててちょっとお待ちくださいと言う指図は英語圏ではアメリカではほぼ誰にでも通用しますし、日本でも手を軽くあげるだけで同じような組合の意思の疎通ができます。

彼はサボテンの絵を見てそれが何なのかをすぐに言うことができませんでしたが、「ヒントがほしかったら『ヒント』と言ってください。そうしたら少しだけ手助けを差し上げます。そしてまた更に助けが必要であれば『ヒント』と言ってください。またすこしだけ手助けを差し上げます。」私がそう言うと、なるほどといった様子で私の目を見て頷き、サボテンの絵をまたしばらく見つめたあと「ヒント」と言って私に助けを促しました。「『サ』から始まります。」と私が言うと、彼はまたしばらく考え、「ヒント」と言いました。『サ』の後は3つの音が続きます、と言って私は左の後に3つの『〇』を書き、彼がそれを見て言葉を探し当てられるかどうかを見ました。それからしばらく時間が欲しいということを示す手振りと、助けが欲しいと言う意思を示す「ヒント」が繰り返されたのち、彼は「サボテン」を口に出すことができました。安堵の溜息と顔いっぱいの笑みで溢れました。

たかが「サボテン」と言う言葉を思い出すことがどうしてそんなに大事なことなのかと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしここでのポイントは、ものの呼び名を思い出すことよりも、話し手が時間が欲しい、助けが欲しいと言う意思を伝えるシステムづくりをすることが大事だということです。

あなたのご家族が失語症を患っている場合、このようにその方とミニュケーションを取る上で必要な相手への意思の疎通がきちんとシステム化されていれば、お互いストレスを軽減でき、会話の内容に集中することができます。

このように、言葉のセラピーでは、言葉を流暢に出せるようにするためのエクササイズだけではなく、生活をしていく中でのコミニケーションを潤滑にしていくシステムづくりにも力を入れるべきです。

もしあなたのご家族の言語セラピストがドリルや練習ばかりに時間を費やしているということであれば、普段どういうことがご家族の間でのコミニケーションに支障をきたしているか例を挙げて相談をすることをおすすめします。失語症が直るまでは普段の生活に近づけない、などと思わずに、今日からできる範囲で生活を取り戻していき生活の中で起こり得るコミニケーションのつまづきに対応していく言語セラピーを受けることが大切です。

プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に、言語セラピーをオンラインまたはサンディエゴ近郊にお住まいの方は必要に応じて訪問セラピーを提供しております。言語力、思考力でお悩みの方はどうぞいちどご相談ください。

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コラム9|「言語失行の悔しさ」を理解する https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%99%ef%bd%9c%e3%80%8c%e8%a8%80%e8%aa%9e%e5%a4%b1%e8%a1%8c%e3%81%ae%e6%82%94%e3%81%97%e3%81%95%e3%80%8d%e3%82%92%e7%90%86%e8%a7%a3%e3%81%99%e3%82%8b/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2599%25ef%25bd%259c%25e3%2580%258c%25e8%25a8%2580%25e8%25aa%259e%25e5%25a4%25b1%25e8%25a1%258c%25e3%2581%25ae%25e6%2582%2594%25e3%2581%2597%25e3%2581%2595%25e3%2580%258d%25e3%2582%2592%25e7%2590%2586%25e8%25a7%25a3%25e3%2581%2599%25e3%2582%258b Fri, 02 Sep 2022 01:57:34 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=579 脳の病気やけがの後遺症で、体の一部が思い通りに動かなくなる、失行という症状がみられる場合があります。たとえば、「手をあげてください」と言われて、言われていることは解っているのに別の体の部分が動いてしまったり、手をあげようとしているのにその手が鼻に行ってしまったり、という具合です。 失行が顔面に起こると、たとえば頬を膨らませようとしているのに舌が出てしまったり、舌を出そうとしているのに歯をむき出すような動作になってしまったりします。 これは、「脳からの信号が体の正しい部分に送られない状態」ことから起こります。 言葉をはっきりと発するには、舌やくちびる、頬などが同時にうまく作動することが必要です。それができなくなると、言いたい言葉が思うように出てこなくなります。たとえば、「めだまやき」と言いたいのに、「でまなたみ」と口から出てしまう、または「めだ」のあと止まってしまい最後まで言えない、言い始めることができない、などが例に挙げられます。 言語失行が起こると、他人の動作やが言った言葉を真似することも困難になります。ですから「こうやってごらん」と口を開けて見せても、歯を見せるような動作をしたり、「めだまやき、って言ってごらん」と言っても口をとがらせるような仕草ばかりをして、言葉を発する様子を見せない、なども珍しくありません。 一般的に、失行になったご家族やご友人の言葉をとりもどす手助けをしようとするとき、まずは真似をさせよう、と思う方が多いようです。言葉の習得は真似から、と考えてのことでしょう。あなたも、たとえば外国の方に日本語を教えてといわれたら、とりあえず自分が言う言葉を真似してもらおうと、「私について言ってみて。『お・は・よ・う』」などと、言葉を繰り返すよう指示するのではないでしょうか。 言語失行を患った方にとって、この方法はとても苦痛です。 おはようって言って言ってごらん、と家族にたしなまれて、言いたいのに言葉が出てこなかったり、言葉が出てもその音があべこべになってしまうと、こんなこともできないのか、と失望を感じたり、苛立ちを感じてしまうのは無理もありません。 周囲で見守るご家族の方やご友人も、驚きや失望感を訴える方々も少なくありません。 私の言ってることがわからなくなってしまったんじゃないか、思考能力が低下してるのでは、と感じる方も多いですし、中には、何か言ってほしいのに歯をむき出したりして、もしかして私のことを馬鹿にしてるんじゃないか、と言う人まで出てきます。 しかし言語失行は、思っていることが思うようにできない、言いたいことが言いたいように出てこない、と言う症状を持つ疾患ですから、理解力や思考能力や言葉の理解力とは全く関係がありません。 このような苛立ちは、これまでの日常生活で、あなたも味わったことがあるかもしれません。 解りやすい例をあげてみましょう。あなたが、ゴルフやテニスなど、今までやったことのないスポーツを始めたとします。コーチは、「このようにラケットを振るといいよ、このように角度をつけて、ボールが来たらすぐに腕を振って、などと手本を見せてくれます。でも、あなたの体はが思うように動きません。それを見たコーチは、「私の真似をすればいいんだよ、ほらこうやって」と真似を促したとします。あなたは、「言ってることは解ってるけど思い通りに体が動かないんだよ」と心の中で思ったとします。そのうちコーチがイライラしだして、「なんでこんなこともできないんだ。私のこと馬鹿にしてるのか。」などと言ったり、他のコーチに、「あの人、こんな簡単なこともできないんだよ。」などと言っているところを耳にしてしまったとします。あなたはどんな気持ちになるでしょうか。 もう一つ例を挙げてみましょう。アメリカに留学したことのある人、ホームステイをしたことのある人は憶えがあるかもしれませんが、言われている事はわかるのに思うように返答ができない。返答したいけど時間がかかるから考えている間に周りの話がどんどん進んでいってしまう。やっとひとこと言えたが、その言葉になまりがあったり、音があべこべになってしまったり、また違う言葉に聞こえてしまったりして、周りに笑われてしまった。などとします。とても肩身の狭い思いをしたり、悔しい思いをしたりするのではないのでしょうか。 このテニスやゴルフ、ホームステイの例は、悔しさや恥ずかしさはお分かりいただけると思いますが、言語失行の大きな違いは、その症状が軽減、改善するまでこの状態がずっと続くと言うことです。テニスやゴルフを止めてしまえばそのような恥ずかしさや悔しさは味わわなくてすみますし、もっと理解力のあるコーチに教わればこのような侮辱を味わうことでもなく済みます。ホームステイで恥ずかしい思いをしたと言う場合も、ホームステイ先を変えたり、日本語で話をしている間は、そのような恥ずかしさを味わなくても済みます。 しかし言語失行は、環境を問わず四六時中患者さんのあとをついていきます。ですから周囲の理解とサポートがその分数倍も重要になってくると言うわけです。 あなたにとって大切な人が言語失行を患ってしまったら、失行を理解することから始めることをおすすめします。ここまでをまとめると、言語失行は、一見簡単な事も行動に移せなくなる、言葉の理解力や思考力とは全く関係がない、周囲が真似をしてと促して真似ができなくてもそれは失行が原因であり、セラピーのやる気がないとか周囲を馬鹿にしていると言うことではない、と言うことを理解することです。 ただし中には、思考能力の低下が併合していることもありますし、心理的な落ち込みやショックなどがコミュニケーション力の衰退につながってしまうケースもあります。 ですから、どの症状が失行に関連しているのか、他に併合している障害はあるのか、それぞれの疾患に有効なセラピーの方法にはどんなものがあるのか、家庭でできることはどのようなことなのか。解説や例えを使ってきちんと説明してくれる言語セラピストから治療を受けるべきです。 あなたの周りに言語失行を患っている方はいらっしゃいますか。その方の言語セラピストは、失行に関して解説やアドバイスをきちんとしてくださっているでしょうか。もしそうでないなら、その方に、説明をしていただくようお願いすることをお勧めします。 プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に言語セラピー、思考力セラピーをオンラインそしてサンディエゴ近郊にお住いの方々には訪問セラピーを提供しています。言語障害、思考障害に関して悩んでいることがある方はどうぞいちどご相談ください。

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コラム9|「言語失行の悔しさ」を理解する_イメージ画像

脳の病気やけがの後遺症で、体の一部が思い通りに動かなくなる、失行という症状がみられる場合があります。たとえば、「手をあげてください」と言われて、言われていることは解っているのに別の体の部分が動いてしまったり、手をあげようとしているのにその手が鼻に行ってしまったり、という具合です。

失行が顔面に起こると、たとえば頬を膨らませようとしているのに舌が出てしまったり、舌を出そうとしているのに歯をむき出すような動作になってしまったりします。

これは、「脳からの信号が体の正しい部分に送られない状態」ことから起こります。

言葉をはっきりと発するには、舌やくちびる、頬などが同時にうまく作動することが必要です。それができなくなると、言いたい言葉が思うように出てこなくなります。たとえば、「めだまやき」と言いたいのに、「でまなたみ」と口から出てしまう、または「めだ」のあと止まってしまい最後まで言えない、言い始めることができない、などが例に挙げられます。

言語失行が起こると、他人の動作やが言った言葉を真似することも困難になります。ですから「こうやってごらん」と口を開けて見せても、歯を見せるような動作をしたり、「めだまやき、って言ってごらん」と言っても口をとがらせるような仕草ばかりをして、言葉を発する様子を見せない、なども珍しくありません。

一般的に、失行になったご家族やご友人の言葉をとりもどす手助けをしようとするとき、まずは真似をさせよう、と思う方が多いようです。言葉の習得は真似から、と考えてのことでしょう。あなたも、たとえば外国の方に日本語を教えてといわれたら、とりあえず自分が言う言葉を真似してもらおうと、「私について言ってみて。『お・は・よ・う』」などと、言葉を繰り返すよう指示するのではないでしょうか。

言語失行を患った方にとって、この方法はとても苦痛です。

おはようって言って言ってごらん、と家族にたしなまれて、言いたいのに言葉が出てこなかったり、言葉が出てもその音があべこべになってしまうと、こんなこともできないのか、と失望を感じたり、苛立ちを感じてしまうのは無理もありません。

周囲で見守るご家族の方やご友人も、驚きや失望感を訴える方々も少なくありません。

私の言ってることがわからなくなってしまったんじゃないか、思考能力が低下してるのでは、と感じる方も多いですし、中には、何か言ってほしいのに歯をむき出したりして、もしかして私のことを馬鹿にしてるんじゃないか、と言う人まで出てきます。

しかし言語失行は、思っていることが思うようにできない、言いたいことが言いたいように出てこない、と言う症状を持つ疾患ですから、理解力や思考能力や言葉の理解力とは全く関係がありません。

このような苛立ちは、これまでの日常生活で、あなたも味わったことがあるかもしれません。

解りやすい例をあげてみましょう。あなたが、ゴルフやテニスなど、今までやったことのないスポーツを始めたとします。コーチは、「このようにラケットを振るといいよ、このように角度をつけて、ボールが来たらすぐに腕を振って、などと手本を見せてくれます。でも、あなたの体はが思うように動きません。それを見たコーチは、「私の真似をすればいいんだよ、ほらこうやって」と真似を促したとします。あなたは、「言ってることは解ってるけど思い通りに体が動かないんだよ」と心の中で思ったとします。そのうちコーチがイライラしだして、「なんでこんなこともできないんだ。私のこと馬鹿にしてるのか。」などと言ったり、他のコーチに、「あの人、こんな簡単なこともできないんだよ。」などと言っているところを耳にしてしまったとします。あなたはどんな気持ちになるでしょうか。

もう一つ例を挙げてみましょう。アメリカに留学したことのある人、ホームステイをしたことのある人は憶えがあるかもしれませんが、言われている事はわかるのに思うように返答ができない。返答したいけど時間がかかるから考えている間に周りの話がどんどん進んでいってしまう。やっとひとこと言えたが、その言葉になまりがあったり、音があべこべになってしまったり、また違う言葉に聞こえてしまったりして、周りに笑われてしまった。などとします。とても肩身の狭い思いをしたり、悔しい思いをしたりするのではないのでしょうか。

このテニスやゴルフ、ホームステイの例は、悔しさや恥ずかしさはお分かりいただけると思いますが、言語失行の大きな違いは、その症状が軽減、改善するまでこの状態がずっと続くと言うことです。テニスやゴルフを止めてしまえばそのような恥ずかしさや悔しさは味わわなくてすみますし、もっと理解力のあるコーチに教わればこのような侮辱を味わうことでもなく済みます。ホームステイで恥ずかしい思いをしたと言う場合も、ホームステイ先を変えたり、日本語で話をしている間は、そのような恥ずかしさを味わなくても済みます。

しかし言語失行は、環境を問わず四六時中患者さんのあとをついていきます。ですから周囲の理解とサポートがその分数倍も重要になってくると言うわけです。

あなたにとって大切な人が言語失行を患ってしまったら、失行を理解することから始めることをおすすめします。ここまでをまとめると、言語失行は、一見簡単な事も行動に移せなくなる、言葉の理解力や思考力とは全く関係がない、周囲が真似をしてと促して真似ができなくてもそれは失行が原因であり、セラピーのやる気がないとか周囲を馬鹿にしていると言うことではない、と言うことを理解することです。

ただし中には、思考能力の低下が併合していることもありますし、心理的な落ち込みやショックなどがコミュニケーション力の衰退につながってしまうケースもあります。

ですから、どの症状が失行に関連しているのか、他に併合している障害はあるのか、それぞれの疾患に有効なセラピーの方法にはどんなものがあるのか、家庭でできることはどのようなことなのか。解説や例えを使ってきちんと説明してくれる言語セラピストから治療を受けるべきです。

あなたの周りに言語失行を患っている方はいらっしゃいますか。その方の言語セラピストは、失行に関して解説やアドバイスをきちんとしてくださっているでしょうか。もしそうでないなら、その方に、説明をしていただくようお願いすることをお勧めします。

プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に言語セラピー、思考力セラピーをオンラインそしてサンディエゴ近郊にお住いの方々には訪問セラピーを提供しています。言語障害、思考障害に関して悩んでいることがある方はどうぞいちどご相談ください。

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コラム8 話し方で医師を誤解させてしまった男性の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%98-%e8%a9%b1%e3%81%97%e6%96%b9%e3%81%a7%e5%8c%bb%e5%b8%ab%e3%82%92%e8%aa%a4%e8%a7%a3%e3%81%95%e3%81%9b%e3%81%a6%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%a3%e3%81%9f%e7%94%b7%e6%80%a7/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2598-%25e8%25a9%25b1%25e3%2581%2597%25e6%2596%25b9%25e3%2581%25a7%25e5%258c%25bb%25e5%25b8%25ab%25e3%2582%2592%25e8%25aa%25a4%25e8%25a7%25a3%25e3%2581%2595%25e3%2581%259b%25e3%2581%25a6%25e3%2581%2597%25e3%2581%25be%25e3%2581%25a3%25e3%2581%259f%25e7%2594%25b7%25e6%2580%25a7 Fri, 02 Sep 2022 01:53:24 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=575 数年前、入院病棟で担当した50代の男性を私に紹介してくださったのは、立ったり歩いたりするためのセラピーを提供するフィジカルセラピストでした。話によると、交通事故で入院してきた彼は、言葉が出ないとか言葉を理解できない様子はなかったが、交通事故で頭を強打しているので、一応入院中に思考力の検査をするべきだと、言語セラピーの検査を医師に依頼してくれたのです。 医師からの正式な指令があり、私はその男性と対面しました。男性は確かに日常会話をしている分にはとくに何の支障もないような様子でした。しかし、どこかおどおどしているというか、周りの様子を探りながら行動をとるような素振りを見せていて、それが私には妙に印象に残りました。 今日の日付もわかっているし、どの病院にいるのかかもわかっているし、なぜ入院してるかも理解しているし、確かに医師から見たら「特に思考力の低下はない」と思われそうな人でした。しかし話を掘り下げてみると、看護士さん達が言っていることにあわせてそうだそうだと合意したり、その前の日に何が起こったかと言う話をスタッフがすると、当たり障りのない返事をしてやりすごしているようでした。 しばらく世間話をしてすっかり打ち解けたところで、「交通事故で大変でしたね。頭を強く打ったということですが、記憶力や集中力に変わりはありませんか。」と尋ねました。彼はやはりあいまいな返答をしました。「あなたはお仕事も現役でしてらっしゃるし車の運転もなさるし、今まで全てご自分でやってきたのですから、集中力や記憶力をきちんと検査することをおすすめします。普段簡単にできることがいつもより難しいということがある場合は、入院している間にセラピーを始めて、できるところまで回復することに集中するべきです。」と説明し、記憶力や暗記力、集中力のテストをしました。するとどのテストも正解率は50%といった中度の思考障害という、普段何でも自分でやっている方の思考能力とはとても言い難い結果が出ました。 「頭を打ったのですから無理もありませんよ。これでどの能力のセラピーを受けるべきかわかったのですから、きちんと治していきましょう。」と彼を力づけ、その日から思考力全般のセラピーが始まりました。 次の日奥様と初めて対面しました。隣町の大病院で働いているという奥様は、男性よりも10歳ほど若いのではと思うような元気のよい方でした。医療関係で働いているそうで、いつもポニーテールに黒い医療服で、重そうなリュックを肩にひっかけて速足で病室に入ってきました。 奥様は、ご主人の思考力が低下していると聞くと少々不服そうな顔をしました。ご主人の知能を疑われたような気になったのでしょうか。それまで頭はなんともないと医師や看護婦さん達に言われてきたし、言葉もちゃんと出ているからスピーチセラピーなどいらないと言われていたところに私が気分を害するようなニュースを伝えたのが不愉快だったのでしょう。「頭の怪我をした場合も病気をした場合も、なるべく早くセラピーを変えた方が開始することをおすすめします。このまま退院してしまって、いざ退院した後、仕事に集中できない、とか、日常でも始めたことが終わらせられない、など、実際に問題が起こってからセラピーを始めるのではなく、今のうちに生活や仕事に関係する思考力の回復を目的としたセラピーをするべきだと思います。」と私は説明しました。奥様は渋々承知しました。 まず、ご家族の方が見ても思考力の低下が間違いなくわかるセラピーをしようと思い、最初に使用したのは、10の単語を暗記して、全部覚えられたと思ったらその紙を伏せ、できるだけ多くの単語を思いだす、というものでした。彼の正解率は10個中4個でした。しかも、同じ言葉を繰り返し、その後できないとすぐに諦めてしまったりと、集中力も低下していることがすぐにわかります。さらに、この10個の単語は、白、黒、犬、猫、などのように実は2つずつ同じ種類に分かれていて、よく見れば10個ではなく5個の情報を覚えれば良いとわかるように作られていたのですが、彼はそのようなパターンも見いだすことができませんでした。奥様は近くでそれを見ていて非常に驚いたようでした。10個中4個の正解率なら、難易度を低くしてみようと思い、6個の単語なら全ての単語が思い出せるかどうかやってみましょうと提案しました。最初に使った10個の単語とは全く無関係の新しい6単語のリストを使いました。 私の直感では、正解率は半分以下だろうと予測しましたが、想像通り、彼が思い出せた単語は6個中2個でした。しかも、先程の10個の単語の中で思い出せた言葉が、新しく渡された6個の単語のリストに混ざってしまい、それを繰り返すばかりでした。奥様は目を伏せて少し涙ぐんでいるようでした。 「入院中にわかってよかったですね。今あなたの暗記力は普段よりもかなり劣っています。普段だったら自分に興味のない、関係のない単語でも6個程度、10個程度なら問題なく暗記できたのじゃないでしょうか。でも、このような脳のエクササイズをすることで、暗記力、記憶力を回復していくことは可能です。これからは集中して一緒にセラピーをでやっていきましょう。」と2人に告げました。 彼はそれまで特に意見などを言わずに何でもはいはいとやっていましたが、この小さなテストの結果を見て、「俺、このままじゃやばいですね。」と愕然とした様子でつぶやきました。そして「どうすればこういう能力は取り戻せますか」と私をまっすぐ見て聞きました。 「思考力と一口に言っても、暗記力、記憶力、集中力、問題を解決する力、問題を予想して備える力、時間の管理する能力など、種類はいろいろですが、それぞれが関係しあっています。記憶力が劣っているのは、覚えるために必要な集中力が劣っているからという可能性もあります。集中力の検査をして、記憶力と合わせて集中力のセラピーもするべきかどうか調べることが大切です。」と私は説明しました。 集中力の簡単な検査でよく行われるのは、紙にABCDEFG と文字を散りばめるように書いたものを指でAから順に指さしていくというのがあります。彼はそれは比較的にできました。その後ちりばめられた文字の間に12345と、数字をちりばめて書き足したものを見て、文字に気を取られることなく、数字を順番に指させるかどうかの検査をします。これも彼はまあまあよくできました。最後に、文字と数を交互に、A-1-B-2-C-4というように交互に指さしができるかどうかをみます。ここで彼はかなりてこずりました。交互にというルールをきちんと理解しているにもかかわらず、Aー1の後にB-C-Dと文字ばかりを指差してしまい、数字には気が回らないような様子でした。 「これは2つのことに気を配れるかと言う能力を見る大事な検査です。例えば仕事先で、クライアントと電話中、言われたことをメモしたあと、その後会話を続けることをできるでしょうか。また、上司から電話があって、数分後お得意様から電話があった時、電話終了後上司に電話をかけなおすことができるでしょうか。」今の状態で仕事に戻ることはできないと患者さんも奥様もよくわかったようでした。 このようにして他にも思考力の検査をし、まずは基本的な記憶力と集中力の力をつけるセラピーを始めることに決まりました。 事故を起こした場合、事故にあった場合、番骨の中の脳が左右前後に揺れ、首の根元にある脳の部分が硬い首の骨にあたりそこの部分が司る能力が低下することがよくあります。これはヒポキャンパスと呼ばれる暗記力や記憶力を司る部分です。 思考力低下というと、もの覚えが悪くなった、物忘れがひどくなったと、なんでも記憶力と結びつけてしまう方が多いようですが、実はそれは間違った見解です。情報を覚えられない能力として表面的には出ていても、実は問題を解決できないとか、集中できないといった理由がその背景にある場合も多いのです。表面的な能力の検査、セラピーをするのではなく、それがなぜ起こっているのか、根源を見つけることが言語セラピストの使命だと私は考えます。 この男性の例にもあったとおり、集中できない状態で情報を受け取っても、覚えられるわけがないのです。ですから、症状を治療するのではなく、症状をきたす原因になっている思考能力はどれなのかを調べ、その思考能力のセラピーをするべきなのです。 数々のセラピーを重ね、彼は、退院する前には最終的には、時間をかければ仕事関係の情報を思い出すことができたり、常にメモを取ったり聞いた情報をすぐに繰り返すなど、情報をより覚えられるような工夫を自分で考え実行できるほど思考力が向上しました。 あなたは、あなたの大切な人は、表面的な思考能力の強化をするばかりのセラピーを受けていませんか。そうかもしれない、と思ったなら、現在の言語セラピストの方に是非聞いてみてください。今どうして物覚えが悪いのか、または今どうしてなくしものが多いのか、それは記憶力が低下しているだけなのか、それとも他の思考力が低下しているせいなのか。そしてその思考力を強化させるにはどのようなセラピーをするべきなのか。きちんと説明していただくべきです。 プレゼンスでは、カリフォルニア州お住いの方を対象に、日英両語にて思考力の検査及びセラピーを行っております。現在の思考力にお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。

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数年前、入院病棟で担当した50代の男性を私に紹介してくださったのは、立ったり歩いたりするためのセラピーを提供するフィジカルセラピストでした。話によると、交通事故で入院してきた彼は、言葉が出ないとか言葉を理解できない様子はなかったが、交通事故で頭を強打しているので、一応入院中に思考力の検査をするべきだと、言語セラピーの検査を医師に依頼してくれたのです。

医師からの正式な指令があり、私はその男性と対面しました。男性は確かに日常会話をしている分にはとくに何の支障もないような様子でした。しかし、どこかおどおどしているというか、周りの様子を探りながら行動をとるような素振りを見せていて、それが私には妙に印象に残りました。

今日の日付もわかっているし、どの病院にいるのかかもわかっているし、なぜ入院してるかも理解しているし、確かに医師から見たら「特に思考力の低下はない」と思われそうな人でした。しかし話を掘り下げてみると、看護士さん達が言っていることにあわせてそうだそうだと合意したり、その前の日に何が起こったかと言う話をスタッフがすると、当たり障りのない返事をしてやりすごしているようでした。

しばらく世間話をしてすっかり打ち解けたところで、「交通事故で大変でしたね。頭を強く打ったということですが、記憶力や集中力に変わりはありませんか。」と尋ねました。彼はやはりあいまいな返答をしました。「あなたはお仕事も現役でしてらっしゃるし車の運転もなさるし、今まで全てご自分でやってきたのですから、集中力や記憶力をきちんと検査することをおすすめします。普段簡単にできることがいつもより難しいということがある場合は、入院している間にセラピーを始めて、できるところまで回復することに集中するべきです。」と説明し、記憶力や暗記力、集中力のテストをしました。するとどのテストも正解率は50%といった中度の思考障害という、普段何でも自分でやっている方の思考能力とはとても言い難い結果が出ました。

「頭を打ったのですから無理もありませんよ。これでどの能力のセラピーを受けるべきかわかったのですから、きちんと治していきましょう。」と彼を力づけ、その日から思考力全般のセラピーが始まりました。

次の日奥様と初めて対面しました。隣町の大病院で働いているという奥様は、男性よりも10歳ほど若いのではと思うような元気のよい方でした。医療関係で働いているそうで、いつもポニーテールに黒い医療服で、重そうなリュックを肩にひっかけて速足で病室に入ってきました。

奥様は、ご主人の思考力が低下していると聞くと少々不服そうな顔をしました。ご主人の知能を疑われたような気になったのでしょうか。それまで頭はなんともないと医師や看護婦さん達に言われてきたし、言葉もちゃんと出ているからスピーチセラピーなどいらないと言われていたところに私が気分を害するようなニュースを伝えたのが不愉快だったのでしょう。「頭の怪我をした場合も病気をした場合も、なるべく早くセラピーを変えた方が開始することをおすすめします。このまま退院してしまって、いざ退院した後、仕事に集中できない、とか、日常でも始めたことが終わらせられない、など、実際に問題が起こってからセラピーを始めるのではなく、今のうちに生活や仕事に関係する思考力の回復を目的としたセラピーをするべきだと思います。」と私は説明しました。奥様は渋々承知しました。

まず、ご家族の方が見ても思考力の低下が間違いなくわかるセラピーをしようと思い、最初に使用したのは、10の単語を暗記して、全部覚えられたと思ったらその紙を伏せ、できるだけ多くの単語を思いだす、というものでした。彼の正解率は10個中4個でした。しかも、同じ言葉を繰り返し、その後できないとすぐに諦めてしまったりと、集中力も低下していることがすぐにわかります。さらに、この10個の単語は、白、黒、犬、猫、などのように実は2つずつ同じ種類に分かれていて、よく見れば10個ではなく5個の情報を覚えれば良いとわかるように作られていたのですが、彼はそのようなパターンも見いだすことができませんでした。奥様は近くでそれを見ていて非常に驚いたようでした。10個中4個の正解率なら、難易度を低くしてみようと思い、6個の単語なら全ての単語が思い出せるかどうかやってみましょうと提案しました。最初に使った10個の単語とは全く無関係の新しい6単語のリストを使いました。

私の直感では、正解率は半分以下だろうと予測しましたが、想像通り、彼が思い出せた単語は6個中2個でした。しかも、先程の10個の単語の中で思い出せた言葉が、新しく渡された6個の単語のリストに混ざってしまい、それを繰り返すばかりでした。奥様は目を伏せて少し涙ぐんでいるようでした。

「入院中にわかってよかったですね。今あなたの暗記力は普段よりもかなり劣っています。普段だったら自分に興味のない、関係のない単語でも6個程度、10個程度なら問題なく暗記できたのじゃないでしょうか。でも、このような脳のエクササイズをすることで、暗記力、記憶力を回復していくことは可能です。これからは集中して一緒にセラピーをでやっていきましょう。」と2人に告げました。

彼はそれまで特に意見などを言わずに何でもはいはいとやっていましたが、この小さなテストの結果を見て、「俺、このままじゃやばいですね。」と愕然とした様子でつぶやきました。そして「どうすればこういう能力は取り戻せますか」と私をまっすぐ見て聞きました。

「思考力と一口に言っても、暗記力、記憶力、集中力、問題を解決する力、問題を予想して備える力、時間の管理する能力など、種類はいろいろですが、それぞれが関係しあっています。記憶力が劣っているのは、覚えるために必要な集中力が劣っているからという可能性もあります。集中力の検査をして、記憶力と合わせて集中力のセラピーもするべきかどうか調べることが大切です。」と私は説明しました。

集中力の簡単な検査でよく行われるのは、紙にABCDEFG と文字を散りばめるように書いたものを指でAから順に指さしていくというのがあります。彼はそれは比較的にできました。その後ちりばめられた文字の間に12345と、数字をちりばめて書き足したものを見て、文字に気を取られることなく、数字を順番に指させるかどうかの検査をします。これも彼はまあまあよくできました。最後に、文字と数を交互に、A-1-B-2-C-4というように交互に指さしができるかどうかをみます。ここで彼はかなりてこずりました。交互にというルールをきちんと理解しているにもかかわらず、Aー1の後にB-C-Dと文字ばかりを指差してしまい、数字には気が回らないような様子でした。

「これは2つのことに気を配れるかと言う能力を見る大事な検査です。例えば仕事先で、クライアントと電話中、言われたことをメモしたあと、その後会話を続けることをできるでしょうか。また、上司から電話があって、数分後お得意様から電話があった時、電話終了後上司に電話をかけなおすことができるでしょうか。」今の状態で仕事に戻ることはできないと患者さんも奥様もよくわかったようでした。

このようにして他にも思考力の検査をし、まずは基本的な記憶力と集中力の力をつけるセラピーを始めることに決まりました。

事故を起こした場合、事故にあった場合、番骨の中の脳が左右前後に揺れ、首の根元にある脳の部分が硬い首の骨にあたりそこの部分が司る能力が低下することがよくあります。これはヒポキャンパスと呼ばれる暗記力や記憶力を司る部分です。

思考力低下というと、もの覚えが悪くなった、物忘れがひどくなったと、なんでも記憶力と結びつけてしまう方が多いようですが、実はそれは間違った見解です。情報を覚えられない能力として表面的には出ていても、実は問題を解決できないとか、集中できないといった理由がその背景にある場合も多いのです。表面的な能力の検査、セラピーをするのではなく、それがなぜ起こっているのか、根源を見つけることが言語セラピストの使命だと私は考えます。

この男性の例にもあったとおり、集中できない状態で情報を受け取っても、覚えられるわけがないのです。ですから、症状を治療するのではなく、症状をきたす原因になっている思考能力はどれなのかを調べ、その思考能力のセラピーをするべきなのです。

数々のセラピーを重ね、彼は、退院する前には最終的には、時間をかければ仕事関係の情報を思い出すことができたり、常にメモを取ったり聞いた情報をすぐに繰り返すなど、情報をより覚えられるような工夫を自分で考え実行できるほど思考力が向上しました。

あなたは、あなたの大切な人は、表面的な思考能力の強化をするばかりのセラピーを受けていませんか。そうかもしれない、と思ったなら、現在の言語セラピストの方に是非聞いてみてください。今どうして物覚えが悪いのか、または今どうしてなくしものが多いのか、それは記憶力が低下しているだけなのか、それとも他の思考力が低下しているせいなのか。そしてその思考力を強化させるにはどのようなセラピーをするべきなのか。きちんと説明していただくべきです。

プレゼンスでは、カリフォルニア州お住いの方を対象に、日英両語にて思考力の検査及びセラピーを行っております。現在の思考力にお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。

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コラム7|視線で思考力の向上を伝えた男性の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%97%ef%bd%9c%e8%a6%96%e7%b7%9a%e3%81%a7%e6%80%9d%e8%80%83%e5%8a%9b%e3%81%ae%e5%90%91%e4%b8%8a%e3%82%92%e4%bc%9d%e3%81%88%e3%81%9f%e7%94%b7%e6%80%a7%e3%81%ae%e8%a9%b1/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2597%25ef%25bd%259c%25e8%25a6%2596%25e7%25b7%259a%25e3%2581%25a7%25e6%2580%259d%25e8%2580%2583%25e5%258a%259b%25e3%2581%25ae%25e5%2590%2591%25e4%25b8%258a%25e3%2582%2592%25e4%25bc%259d%25e3%2581%2588%25e3%2581%259f%25e7%2594%25b7%25e6%2580%25a7%25e3%2581%25ae%25e8%25a9%25b1 Fri, 02 Sep 2022 01:45:25 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=568 数年前に担当した30代の男性入院患者さんのお話です。 日本では考えられないことだと思いますが、彼は麻薬の大量摂取により心臓発作を起こし、呼吸困難により脳に空気が回らなくなった窒息性脳障害になり、入院していました。病室に入ると、小柄でやせこけたその男性はいつも目を閉じていました。話しかけると目を開けて何かぼそぼそと口にするのですが、声が小さすぎて何を言ってるのかがわからないような状態でした。お名前はなんですか、と聞くと、下の名前ばかりを繰り返し、苗字は何ですかと聞いても下の名前を繰り返すばかりでした。この辺にお住まいですか、とか、出身はずっとちらですか、と聞いても、目がうつろで、かすかにうなずくか首を横に振るか、言葉で返さなければいけないような質問には黙って答えを返さないことが大半でした。彼が入院してきた当初はのみ込む力の検査が中心だったので、それほど深く話をすることもありませんでしたが、同僚の話だと、セラピーに参加してくれない、参加できない、何を聞いてもぼそぼそと話をするかもしくは返答自体を押しせずに下を向いて黙っている。少しも上達しない。と言う話ばかり聞きました。 1週間ほどしてまたその男性の担当することになったのですが、上達しない、参加できない人を対象にセラピーを続けていく事は倫理的に反すると言われるのがアメリカでは通常です。この男性の場合は経済的理由で健康保険は持ち合わせていないということでしたが、保険を持っている人の場合など、参加しない、参加できない、上達しないにもかかわらず1週間も2週間もセラピーを続けるとなると、それは保険金の間違った使い方とみなされます。保険がない人でも、同じように、上達しない、参加できない人を、セラピストが無理矢理セラピーを続けると言うのは、病院側からすればその時間の人件費の無駄とみなされも仕方がないと言う見方もあります。 この日私は、彼のセラピーを次週も1週間続けるか否かの推薦状を書く担当でした。そして医師にセラピーを続ける申請をしなければなりませんでした。 昨日彼のセラピーを担当した言語聴覚士の話だと、会話や質問の応答などは全く上達していないと言うことだから、それならセラピーの内容をがらりと変えてみよう。私はそう考えながらエレベーターに乗って彼の部屋まで向かいました。 病室に入ると、彼は前よりもさらにやせこけた顔で、じっと目を閉じていました。しかし、話しかけると、すぐに目を開け、私と目を合わせました。ちょっとの差ですが、1週間前と比べると、あのうつろな目ではないことに気が付きました。これなら、言葉を使わない思考力セラピーができるかもしれないと私は思い立ち、ナースステーションからメモ帳を借りてきて病室に戻り、メモ帳に1、2、3、4、5、6と1枚ずつに数を書いていきました。彼は黙って何かを書いている私の様子を見ていました。その様子も、ただ目を開けているのではなく、私の手の動きを目で追ったり、じっと目を凝らしている様子が分かりました。 メモ帳に番号を書いたものをの順番をバラバラにしていき「この番号を順番に並べてみてください。と言って私は6枚のカードを彼に見せました。彼は黙ったままでしたが、指で1、2、3、4、5、6と正しく指さすことができました。「やったね。100%ですよ。」「じゃぁもう少し難しくしていきましょう。」私はそう言って、今度はアルファベットの文字をメモ帳に書いていき、それを彼の前にまた腹腹の順で並べました。彼はルールを解釈したようで、A,B.C.D.E.Fと、多少ゆっくりではありましたが、1秒につき1枚ほどのペースで順にアルファベットの文字をさせていきました。「じゃあ今度は、アルファベットと一生交互に指さしてみて。と言いました。彼はこれにはてこずってしまい、カードをじっと見るだけでした。少しのヒントを与えるため、最初のAを私が選び、「次はどうする?」と聞いてみました。それでも彼はまたじっとしたままでした。もう少しヒントを与えます。Aの後は1、その後は2ですか、それともBですか? 他のカードを隠してBと2のカード2枚だけを見せると。彼は正しくBを指差しました。この調子で、中度のヒントを与えることで、彼はA.1,B,2,C,3と、文字と数を交互に並べていくことができました。看護師さんが入ってきて薬の準備を始めましたが、彼が次々にカードを指差していく様子を見て少し驚いたようでした。 私は「ちゃんとできてますよ。これ全部100%ですね。これからもセラピーを続けていて良くなっていきましょう。」と告げると、彼は私の目を見てにこっと笑いました。そして小さく「ありがとう。」と言いました。 麻薬常習者と言うと、もともとの知能や思考力は劣っていたのかもしれないとよく思われがちですが。自分の力で毎日食べ物を手に入れたりお金を手に入れたりして生活してきた彼ですから、それなりの思考力はあったと思います。しかし、長いこと簡単な応答もできないでいると、「セラピーをやる意味は本当にあるのか。思考力はほんとに皆無だったんじゃないか。」と誰かに問いただされたとしたら、この日の前までは私も返す言葉がなかったかもしれません。しかし、話しかけられて目を開けたときの彼の視線が、私の希望やいわば好奇心をかき立て、もっとできることがあるに違いないと思わせてくれたのです。そのおかげで、私は、それまで他のセラピストがやろうと思いつきもしなかったことをすることができ、そのおかげで、私は胸を張って医師にセラピーを続けさせてくださいと申請することができました。 もちろん麻薬常習者に限られず、会話ができない方失語症で黙っているだけの方の思考能力をテストするのは、容易なことではありません。1週間前の彼だったら、いくら私が頑張ったとしても、どんなセラピーにも参加できなかったと思います。しかし、脳が少しずつ回復していくにつれ、小さな行動や視線が変わったケースも多々あります。彼の場合も同じです。このようなわずかな動作をきちんと見極めて、その方の脳の作動状態に合わせた検査、セラピーを提供していくべきです。 あなたの大事な人が受けている言語セラピーは、現在の脳の作動に見合った内容でしょうか。30分、もしくは1時間、セラピーの時間の間沈黙が続くばかり、成功の瞬間が全くないと言う場合は、言い方は厳しいかもしれませんがその方の脳の作動がまだセラピーのふさわしいところまで届いていないか、そうでなければ、セラピストの検査の内容の選び方に落ち度があるという可能性もあります。そのような場合は、ぜひいちど、セラピストと相談してみてください。「セラピーにまだふさわしくない」と言われた場合は、他のセラピストにセカンドオピニオンを依頼することも必要です。そして、この人ならきちんと合ったセラピーを提供してくれるとと思えるようなセラピストに出会うことをお祈りします。 プレゼンスではカリフォルニア州の遠方にお住いの方対象に、オンラインセラピーと、近郊にお住いのかたには必要に応じて訪問セラピーを提供しています。現在のセラピーに関してお悩みの方は、私にいちどご相談ください。

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数年前に担当した30代の男性入院患者さんのお話です。

日本では考えられないことだと思いますが、彼は麻薬の大量摂取により心臓発作を起こし、呼吸困難により脳に空気が回らなくなった窒息性脳障害になり、入院していました。病室に入ると、小柄でやせこけたその男性はいつも目を閉じていました。話しかけると目を開けて何かぼそぼそと口にするのですが、声が小さすぎて何を言ってるのかがわからないような状態でした。お名前はなんですか、と聞くと、下の名前ばかりを繰り返し、苗字は何ですかと聞いても下の名前を繰り返すばかりでした。この辺にお住まいですか、とか、出身はずっとちらですか、と聞いても、目がうつろで、かすかにうなずくか首を横に振るか、言葉で返さなければいけないような質問には黙って答えを返さないことが大半でした。彼が入院してきた当初はのみ込む力の検査が中心だったので、それほど深く話をすることもありませんでしたが、同僚の話だと、セラピーに参加してくれない、参加できない、何を聞いてもぼそぼそと話をするかもしくは返答自体を押しせずに下を向いて黙っている。少しも上達しない。と言う話ばかり聞きました。

1週間ほどしてまたその男性の担当することになったのですが、上達しない、参加できない人を対象にセラピーを続けていく事は倫理的に反すると言われるのがアメリカでは通常です。この男性の場合は経済的理由で健康保険は持ち合わせていないということでしたが、保険を持っている人の場合など、参加しない、参加できない、上達しないにもかかわらず1週間も2週間もセラピーを続けるとなると、それは保険金の間違った使い方とみなされます。保険がない人でも、同じように、上達しない、参加できない人を、セラピストが無理矢理セラピーを続けると言うのは、病院側からすればその時間の人件費の無駄とみなされも仕方がないと言う見方もあります。

この日私は、彼のセラピーを次週も1週間続けるか否かの推薦状を書く担当でした。そして医師にセラピーを続ける申請をしなければなりませんでした。

昨日彼のセラピーを担当した言語聴覚士の話だと、会話や質問の応答などは全く上達していないと言うことだから、それならセラピーの内容をがらりと変えてみよう。私はそう考えながらエレベーターに乗って彼の部屋まで向かいました。

病室に入ると、彼は前よりもさらにやせこけた顔で、じっと目を閉じていました。しかし、話しかけると、すぐに目を開け、私と目を合わせました。ちょっとの差ですが、1週間前と比べると、あのうつろな目ではないことに気が付きました。これなら、言葉を使わない思考力セラピーができるかもしれないと私は思い立ち、ナースステーションからメモ帳を借りてきて病室に戻り、メモ帳に1、2、3、4、5、6と1枚ずつに数を書いていきました。彼は黙って何かを書いている私の様子を見ていました。その様子も、ただ目を開けているのではなく、私の手の動きを目で追ったり、じっと目を凝らしている様子が分かりました。

メモ帳に番号を書いたものをの順番をバラバラにしていき「この番号を順番に並べてみてください。と言って私は6枚のカードを彼に見せました。彼は黙ったままでしたが、指で1、2、3、4、5、6と正しく指さすことができました。「やったね。100%ですよ。」「じゃぁもう少し難しくしていきましょう。」私はそう言って、今度はアルファベットの文字をメモ帳に書いていき、それを彼の前にまた腹腹の順で並べました。彼はルールを解釈したようで、A,B.C.D.E.Fと、多少ゆっくりではありましたが、1秒につき1枚ほどのペースで順にアルファベットの文字をさせていきました。「じゃあ今度は、アルファベットと一生交互に指さしてみて。と言いました。彼はこれにはてこずってしまい、カードをじっと見るだけでした。少しのヒントを与えるため、最初のAを私が選び、「次はどうする?」と聞いてみました。それでも彼はまたじっとしたままでした。もう少しヒントを与えます。Aの後は1、その後は2ですか、それともBですか? 他のカードを隠してBと2のカード2枚だけを見せると。彼は正しくBを指差しました。この調子で、中度のヒントを与えることで、彼はA.1,B,2,C,3と、文字と数を交互に並べていくことができました。看護師さんが入ってきて薬の準備を始めましたが、彼が次々にカードを指差していく様子を見て少し驚いたようでした。

私は「ちゃんとできてますよ。これ全部100%ですね。これからもセラピーを続けていて良くなっていきましょう。」と告げると、彼は私の目を見てにこっと笑いました。そして小さく「ありがとう。」と言いました。

麻薬常習者と言うと、もともとの知能や思考力は劣っていたのかもしれないとよく思われがちですが。自分の力で毎日食べ物を手に入れたりお金を手に入れたりして生活してきた彼ですから、それなりの思考力はあったと思います。しかし、長いこと簡単な応答もできないでいると、「セラピーをやる意味は本当にあるのか。思考力はほんとに皆無だったんじゃないか。」と誰かに問いただされたとしたら、この日の前までは私も返す言葉がなかったかもしれません。しかし、話しかけられて目を開けたときの彼の視線が、私の希望やいわば好奇心をかき立て、もっとできることがあるに違いないと思わせてくれたのです。そのおかげで、私は、それまで他のセラピストがやろうと思いつきもしなかったことをすることができ、そのおかげで、私は胸を張って医師にセラピーを続けさせてくださいと申請することができました。

もちろん麻薬常習者に限られず、会話ができない方失語症で黙っているだけの方の思考能力をテストするのは、容易なことではありません。1週間前の彼だったら、いくら私が頑張ったとしても、どんなセラピーにも参加できなかったと思います。しかし、脳が少しずつ回復していくにつれ、小さな行動や視線が変わったケースも多々あります。彼の場合も同じです。このようなわずかな動作をきちんと見極めて、その方の脳の作動状態に合わせた検査、セラピーを提供していくべきです。

あなたの大事な人が受けている言語セラピーは、現在の脳の作動に見合った内容でしょうか。30分、もしくは1時間、セラピーの時間の間沈黙が続くばかり、成功の瞬間が全くないと言う場合は、言い方は厳しいかもしれませんがその方の脳の作動がまだセラピーのふさわしいところまで届いていないか、そうでなければ、セラピストの検査の内容の選び方に落ち度があるという可能性もあります。そのような場合は、ぜひいちど、セラピストと相談してみてください。「セラピーにまだふさわしくない」と言われた場合は、他のセラピストにセカンドオピニオンを依頼することも必要です。そして、この人ならきちんと合ったセラピーを提供してくれるとと思えるようなセラピストに出会うことをお祈りします。

プレゼンスではカリフォルニア州の遠方にお住いの方対象に、オンラインセラピーと、近郊にお住いのかたには必要に応じて訪問セラピーを提供しています。現在のセラピーに関してお悩みの方は、私にいちどご相談ください。

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コラム6|失行でお悩みの方へ。「バイキング運動」で話す力をとりもどした女性の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%96%ef%bd%9c%e5%a4%b1%e8%a1%8c%e3%81%a7%e3%81%8a%e6%82%a9%e3%81%bf%e3%81%ae%e6%96%b9%e3%81%b8%e3%80%82%e3%80%8c%e3%83%90%e3%82%a4%e3%82%ad%e3%83%b3%e3%82%b0%e9%81%8b/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2596%25ef%25bd%259c%25e5%25a4%25b1%25e8%25a1%258c%25e3%2581%25a7%25e3%2581%258a%25e6%2582%25a9%25e3%2581%25bf%25e3%2581%25ae%25e6%2596%25b9%25e3%2581%25b8%25e3%2580%2582%25e3%2580%258c%25e3%2583%2590%25e3%2582%25a4%25e3%2582%25ad%25e3%2583%25b3%25e3%2582%25b0%25e9%2581%258b Fri, 02 Sep 2022 01:37:22 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=558 皆さんは失行という症状を知っていますか? 脳の病気やケガが原因で、普段普通に行っている作業や行為を順を思うようにできなくなる状態のことです。失行の一種に、言語失行というものがあります。 脳からうまく信号が口に届かなくなり、言いたい音がうまく出なくなるのがその特徴です。 例えば「バターカップ」と言いたいところを「カバータップ」と言ってしまったり、「ゆうびんきょく」を「うくゆきゅんぶ」と言ってしまったりなどと、音があべこべになってしまったり、長い単語が言えなくなってしまったりします。重度のケースだと発声、発音自体ができなくなってしまいます。 私はこのような重度の失行を患った70代の女性患者さんを担当した記憶があります。 病室に入るとその女性の側にご主人が座っていましたが、2人とも一言も言葉をかわさず、室内はしんとしていました。私がスピーチセラピストのものですと自己紹介をすると、ご主人は「スピーチセラピストの方ですか。でもうちの家内は一言もしゃべらないんですよ。どうやってセラピーするんですか」と心配そうに疑問を投げかけてきました。確かに女性は私の方を向いてにっこり微笑んでいましたが、こんにちはの挨拶にも、〇〇さんですか?の問いかけにも、困ったようにはにかみながら頷くばかりで、言葉では返答できませんでした。 一般的には失語症は「言いたい言葉を探し出せない」、失行は「言いたい言葉は頭にあるけれどそれが口から出ない」、という大きな違いがあり、治療法も異なります。しかし、症状が重度である場合、どちらの場合も全く話ができなくなるため、どちらなのか判別がつかないこともよくあります。私はまず、その方の理解力と思考力の検査をし、支障をきたしているのは話す力だけだと言うことが確認できたので、失語症なのか失行なのかを区別することに集中しました。 失語症ではなく失行であるとはっきりわかるのは、動作を真似してもらった時です。例えば、セラピストが頬を膨らまして「同じようにやってみてください」と言うと、失行を患っている方は、口から舌を出したり、口をとがらせたりなど、全く違った反応をしたり、自分の反応に驚いたりします。私はその女性に、口を開ける動作や舌を出す動作を真似るよう促すと、その方は、舌を出したりするどころか少し前のめりになるばかりで、全く口を動かすことできませんでした。脳の信号の出し方に支障がある、失行だ、とその時診断をくだすことができました。 失語症と失行の両方が重なって発症することもありますので、失語症がないとはもちろん確定できたわけではありません。しかし、ここまで重度の失行を患っているのであればそこからセラピーをするべきだと私は考えました。 その時思い出したのは、当時学会で新しく紹介されたバイキングと呼ばれる失行に特化した口の運動でした。「あーいーあーいー」と、2種類の口の形で発声練習した後、「あー」と言う時は声を出して、「いー」と言う時は声を出さない、という練習です。この運動をする時、顎の動きが海賊の漫画のキャラクターに似ているところからバイキングと言う名前がつけられたそうです。しかし女性の失行はあまりにも重症だったため、それすらもできない状態でした。 そこで考えたのは、まずは口を開かずに声を出すことだけに集中すること。「んー、んー、んー」と、ハミングすることから始めました。するとその女性は、思いのほか発声を容易にできました。これはいける!と思い、それから口を開いて同時に声を出す「あーあー、あー」と声を出す練習、口の形を変えて声を出す「いー、いー、いー」と言う練習。その練習を経たあと、この2つの音を組み合わせて「あー、いー、あー、いー」の練習をしました。このように段階を踏みながら少しずつ難しい音の組み合わせを発する練習をすることで、「あー」は声を出して、「いー」は声を出さない、という練習も、なんのことなくできました。基本的なことから始まった1連の運動によって、脳の信号を送る力が少しずつ強化されていった証拠だと言えます。 バイキングの運動はここで終わるのですが、運動ができても実際の言葉が使えないようでは意味がありません。そう考えた私は「アイス」のように「アイ」で始まる言葉や、「シャイ」のように「アイ」で終わる言葉をリストにして、その言葉全部が言えるようにするよう練習を進めていきました。 それができるようになると今度は同じ音から始まるけれども語尾の母音が違うことで意味が変わる単語の一覧を使い、それを自由自在に発音できることを目標に練習していただきました。”my” (「マイ」) “may” (「メイ」) “me” (「ミー」) “mow” (「モウ」) “moo” (「ムー」) といった具合です。その言葉を紙に書き、いろいろな順で指差して、女性がその言葉素早く言う練習です。この後さらにフレーズへ移り、センテンスにと、次第に語数を増やしていきました。 “My car” “I love my car.” “I love my new car.” “I love my new blue car.” といった具合です。傍で見ていたご主人は、信じられないといった表情で、奥様がみるみる言葉を発していく姿をとても嬉しそうに見守っていらっしゃいました。 この日を機に女性はみるみると話す力を回復させていき、数ヶ月後にはほとんどの会話をすることができるようになっていました。その女性は、近々生まれてくる私の双子の子供たちのために、手編みの毛布を色違いで編んでくださいました。「あなたへのほんのお礼です。お礼の言いようもありません」と、失行の面影もないその女性の優しい言葉とふかふかの白にピンクと薄いグリーンの柄があしらわれた毛布を受けとると、私はとてもあたたかい気持ちになりました。 失語症のセラピーは、ものの呼び名を思い出したり、することが中心であり、脳の信号送信の強化を必要とする失行の治療にはあまり意味がないものと言えます。特に重症の方は、音の発声の練習から入るべきですが、そこで止まるのではなく、そこから実際に使える単語に繋げ、そこからフレーズにしていき、文章にしていくことで、日常のコミュニケーションに応用できるようにするべきです。 あなたが、またはあなたの大切な人が現在受けていらっしゃる言語セラピーはどんなものですか。もし失行を患っていらっしゃるならば、きちんと失行に特化したセラピーを受けていますか。また、失行のセラピーであっても、音を出す練習ばかりに治まってしまっており、何週間も何ヶ月も発声練習で、単語を練習するチャンスさえ与えられていらっしゃるのではないでしょうか。もしそうだとしたら、ぜひ現在の言語セラピストの方に、単語を使ったエクササイズもしたいとお願いすることをお勧めいたします。 プレゼンスではカリフォルニア州にお住いの方々を対象に言語セラピーの検査や治療を提供しています。お一人で悩んでいらっしゃらないで、どうか一度ご相談ください。

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コラム6|失行でお悩みの方へ_イメージ画像

皆さんは失行という症状を知っていますか? 脳の病気やケガが原因で、普段普通に行っている作業や行為を順を思うようにできなくなる状態のことです。失行の一種に、言語失行というものがあります。

脳からうまく信号が口に届かなくなり、言いたい音がうまく出なくなるのがその特徴です。

例えば「バターカップ」と言いたいところを「カバータップ」と言ってしまったり、「ゆうびんきょく」を「うくゆきゅんぶ」と言ってしまったりなどと、音があべこべになってしまったり、長い単語が言えなくなってしまったりします。重度のケースだと発声、発音自体ができなくなってしまいます。

私はこのような重度の失行を患った70代の女性患者さんを担当した記憶があります。

病室に入るとその女性の側にご主人が座っていましたが、2人とも一言も言葉をかわさず、室内はしんとしていました。私がスピーチセラピストのものですと自己紹介をすると、ご主人は「スピーチセラピストの方ですか。でもうちの家内は一言もしゃべらないんですよ。どうやってセラピーするんですか」と心配そうに疑問を投げかけてきました。確かに女性は私の方を向いてにっこり微笑んでいましたが、こんにちはの挨拶にも、〇〇さんですか?の問いかけにも、困ったようにはにかみながら頷くばかりで、言葉では返答できませんでした。

一般的には失語症は「言いたい言葉を探し出せない」、失行は「言いたい言葉は頭にあるけれどそれが口から出ない」、という大きな違いがあり、治療法も異なります。しかし、症状が重度である場合、どちらの場合も全く話ができなくなるため、どちらなのか判別がつかないこともよくあります。私はまず、その方の理解力と思考力の検査をし、支障をきたしているのは話す力だけだと言うことが確認できたので、失語症なのか失行なのかを区別することに集中しました。

失語症ではなく失行であるとはっきりわかるのは、動作を真似してもらった時です。例えば、セラピストが頬を膨らまして「同じようにやってみてください」と言うと、失行を患っている方は、口から舌を出したり、口をとがらせたりなど、全く違った反応をしたり、自分の反応に驚いたりします。私はその女性に、口を開ける動作や舌を出す動作を真似るよう促すと、その方は、舌を出したりするどころか少し前のめりになるばかりで、全く口を動かすことできませんでした。脳の信号の出し方に支障がある、失行だ、とその時診断をくだすことができました。

失語症と失行の両方が重なって発症することもありますので、失語症がないとはもちろん確定できたわけではありません。しかし、ここまで重度の失行を患っているのであればそこからセラピーをするべきだと私は考えました。

その時思い出したのは、当時学会で新しく紹介されたバイキングと呼ばれる失行に特化した口の運動でした。「あーいーあーいー」と、2種類の口の形で発声練習した後、「あー」と言う時は声を出して、「いー」と言う時は声を出さない、という練習です。この運動をする時、顎の動きが海賊の漫画のキャラクターに似ているところからバイキングと言う名前がつけられたそうです。しかし女性の失行はあまりにも重症だったため、それすらもできない状態でした。

そこで考えたのは、まずは口を開かずに声を出すことだけに集中すること。「んー、んー、んー」と、ハミングすることから始めました。するとその女性は、思いのほか発声を容易にできました。これはいける!と思い、それから口を開いて同時に声を出す「あーあー、あー」と声を出す練習、口の形を変えて声を出す「いー、いー、いー」と言う練習。その練習を経たあと、この2つの音を組み合わせて「あー、いー、あー、いー」の練習をしました。このように段階を踏みながら少しずつ難しい音の組み合わせを発する練習をすることで、「あー」は声を出して、「いー」は声を出さない、という練習も、なんのことなくできました。基本的なことから始まった1連の運動によって、脳の信号を送る力が少しずつ強化されていった証拠だと言えます。

バイキングの運動はここで終わるのですが、運動ができても実際の言葉が使えないようでは意味がありません。そう考えた私は「アイス」のように「アイ」で始まる言葉や、「シャイ」のように「アイ」で終わる言葉をリストにして、その言葉全部が言えるようにするよう練習を進めていきました。

それができるようになると今度は同じ音から始まるけれども語尾の母音が違うことで意味が変わる単語の一覧を使い、それを自由自在に発音できることを目標に練習していただきました。”my” (「マイ」) “may” (「メイ」) “me” (「ミー」) “mow” (「モウ」) “moo” (「ムー」) といった具合です。その言葉を紙に書き、いろいろな順で指差して、女性がその言葉素早く言う練習です。この後さらにフレーズへ移り、センテンスにと、次第に語数を増やしていきました。 “My car” “I love my car.” “I love my new car.” “I love my new blue car.” といった具合です。傍で見ていたご主人は、信じられないといった表情で、奥様がみるみる言葉を発していく姿をとても嬉しそうに見守っていらっしゃいました。

この日を機に女性はみるみると話す力を回復させていき、数ヶ月後にはほとんどの会話をすることができるようになっていました。その女性は、近々生まれてくる私の双子の子供たちのために、手編みの毛布を色違いで編んでくださいました。「あなたへのほんのお礼です。お礼の言いようもありません」と、失行の面影もないその女性の優しい言葉とふかふかの白にピンクと薄いグリーンの柄があしらわれた毛布を受けとると、私はとてもあたたかい気持ちになりました。

失語症のセラピーは、ものの呼び名を思い出したり、することが中心であり、脳の信号送信の強化を必要とする失行の治療にはあまり意味がないものと言えます。特に重症の方は、音の発声の練習から入るべきですが、そこで止まるのではなく、そこから実際に使える単語に繋げ、そこからフレーズにしていき、文章にしていくことで、日常のコミュニケーションに応用できるようにするべきです。

あなたが、またはあなたの大切な人が現在受けていらっしゃる言語セラピーはどんなものですか。もし失行を患っていらっしゃるならば、きちんと失行に特化したセラピーを受けていますか。また、失行のセラピーであっても、音を出す練習ばかりに治まってしまっており、何週間も何ヶ月も発声練習で、単語を練習するチャンスさえ与えられていらっしゃるのではないでしょうか。もしそうだとしたら、ぜひ現在の言語セラピストの方に、単語を使ったエクササイズもしたいとお願いすることをお勧めいたします。

プレゼンスではカリフォルニア州にお住いの方々を対象に言語セラピーの検査や治療を提供しています。お一人で悩んでいらっしゃらないで、どうか一度ご相談ください。

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コラム5|放送禁止用語だけで最後まで会話をした男性の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a05f%e3%83%af%e3%83%bc%e3%83%89%e3%81%a0%e3%81%91%e3%81%a7%e6%9c%80%e5%be%8c%e3%81%be%e3%81%a7%e4%bc%9a%e8%a9%b1%e3%82%92%e3%81%97%e3%81%9f%e7%94%b7%e6%80%a7%e3%81%ae/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a05f%25e3%2583%25af%25e3%2583%25bc%25e3%2583%2589%25e3%2581%25a0%25e3%2581%2591%25e3%2581%25a7%25e6%259c%2580%25e5%25be%258c%25e3%2581%25be%25e3%2581%25a7%25e4%25bc%259a%25e8%25a9%25b1%25e3%2582%2592%25e3%2581%2597%25e3%2581%259f%25e7%2594%25b7%25e6%2580%25a7%25e3%2581%25ae Fri, 02 Sep 2022 01:32:16 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=564 数年前の事です。突然失語症になり異常な行動を取るようになったという理由で、30代の男性が入院してきました。お母さまが傍で見守るなか私が言語力の検査をしているところ、脳外科の先生がやってきて、脳のがんです、手術が必要ですねと告知しました。男性もお母さまも驚きと絶望を隠せず涙をこらえきれない様子でした。 手術後、私はその男性の治療を担当したのですが、失語症がどんどん進行していくのがわかりました。診断を受けた直後、彼は病室を薄暗くしたまま1日中横になったままでしたが、悲しみを乗り越えたのか、数日後には懸命に言語セラピーに取り組むようになりました。 アメリカ英語には「Fワード」と呼ばれる言葉があります。いわゆる放送禁止用語であり、相手を軽蔑したり罵倒したりするのに使われる言葉ですが、強調する目的で使われることもよくあります。例えば “I am f***ing hungry!”は日本語で言えば 「もう超ハラ減った~!」みたいな言い方になります。もちろん公の場ではあまり使うべきではない言葉なので、近しい友達の間でのみ使われるのが通常です。彼は、もともとこのFワードを辺りかまわず連発するような話し方をする人でした。彼の体の半分ほどしかないとても小柄なお母さまが、私に失礼だと思ってか「ちょっと、いい加減にしなさいよそのしゃべり方!」と、始終たしなめていました。 この男性の失語症はいよいよ進行してきましたが、彼のFワードは衰えることなく、そのうち彼の発する言葉はFワードのみになっていきました。毎日看病に来ていたお母さまとしては、なんてお行儀の悪い、と言いたかったようですが、「これが息子さんのコミニュケーションの唯一の手段なのです。その言葉を使うことをやめろと言うのは、もう口をきくなということと同じです。お母さまとしては聞きがたいかもしれませんが、息子さんの唯一のコミニケーションの方法ですので、どうぞ使わせてあげてください」とお願いしました。 それからお母さまも、Fワードに少しずつ慣れていったようで、息子さんの使う乱暴な言葉をあたたかく見守るようになりました。 そこからFワードに基点を置いた彼のスピーチセラピーが始まりました。 「例えば “Fu*k!”は『もうマジかよ~!』“Fuuuu*k!” は『なんだよもう…。』頑張ってもう一言加えて“Fu*k yeah!”と言えれば『やったぜ!』となったり、Fワードはいろいろな表現に使えますよね。あなたにはイントネーションを使う力がちゃんとありますし、手や顔の筋肉も弱っていませんから、同じ“Fu*k!”でも様々な表情、ジェスチャーやイントネーションを組み合わせて、それで心の表現をすればいいんですよ」 と私は彼に説明ました。そんな言葉使うな、と言われると思っていたのか、彼は私の説明に対して、え?そんなんでいいの?といった様子でとても嬉しそうな顔をしました。 それからというもの、彼は積極的にFワードで友人と電話で話したり、家族と一緒に映画を見ながらFワードでコメントしたり、看護婦さんににランチがまずいと皿を指さしながらFワードでクレームをつけたり、彼なりに自由にコミニケーションをとるようになりました。 脳の手術が終わって退院した彼は、その後半年ほど経ってからまた行動がおかしくなったという理由で入院してきました。再び私が言語セラピーの担当になったのですが、看護婦さんに、「あの方は体も大きいし暴力振るいそうだから気をつけなさいよ」と警告されました。病室を覗くと、身長が2メートルほどもあるスポーツ選手のような体型をしていたあの彼が、Fワードを連発しながら病室を歩きまわっていました。これじゃあ看護師さんとしては少し怖いよね、と私は心の中で苦笑しました。彼は私に気がつくと、顔をパッと明るくさせ、“Fuuuu*k!”と言って私を迎えてくれました。当時私は双子の赤ちゃんを身ごもっていたのですが、私の大きくなったお腹を見て、また“Fuuuu*k!”と言い、私のお腹を両手で抱え、「赤ちゃんできたの?おめでとう!」と表現してくれました。 彼の理解力は衰えることなく、通常に会話を大まかにではありましたが、ひととおり理解することができました。私のジョークを聞いたり私が一緒にFワードを使うと、「先生、仕事でFワード使っていいの? 」と言いたげな顔で二カニカ笑ったり、わざと「誰かに聞かれたらマズイよ」とあたりを見渡すような素振りをしてふざけたりしました。 ***** それから彼が退院して何か月か経ったある日。お母さまから電話があり、彼が亡くなったと告げられました。そのうち起こってしまうことだとわかっていたことでしたが、「あんなに元気そうだったのに死んじゃったんだー」と、やるせない脱力感を感じました。 お母さまは、「息子の声を最後まで聞いてくれて、なにがあろうと言葉を失わないように励ましてくれて本当にどうもありがとうございました。近いうちに息子を送りだす気持ちで家族友人で集まることになっているんですが、よろしければいらしてくださいませんか。そして是非、そこでスピーチをしていただけないでしょうか。」と依頼されました。人前でスピーチなんて私はあまり得意じゃないから、ととっさに断ろうかと思ったのですが、彼の言語セラピストだった私にしかできないスピーチがあると思い、「はい、よろこんで!」と返事をしました。 彼の送別会は、薄緑色のじゅうたんが敷きつめられた市民ホールのこげ茶の折りたたみ椅子が並べられた一室で行われました。参加した方々は、素肌に皮のベスト、腕には刺青、赤や黒のバンダナにサングラス、あごひげ、そして皮パンツといった、きっとバイカーさん達なんだろうなと思われるいで立ちをした方々が大半を占めていました。やせて一層小柄になったお母さまが埋もれるようにその人たちに囲まれ、たくさんのハグを受けているのがとても印象的でした。 彼のご友人が次々とステージにあがり、おのおのが彼がどんな人だったか話をしました。小学生のころ、転入生にひとなつっこく「いっしょに遊ぼうよ」と誘ったときの話、高校でとりかえしのつかないようないたずらをした時の話。知り合い同士でなくても、スピーチを聞いてるみんなが何度も顔を見合わせて笑いながら「ああ、あいつはそういうやつだった」と頷きあっていました。 そして私のスピーチの番がまわって来ました。私は、彼がFワードで語ったジョークや、悲しみの訴えや、思いつくまま全てを話しました。大きくなった私のお腹を見て感激してくれFワードで祝福してくれたことも話しました。バイカーの皆さんは静かに見に耳を傾け、笑い、ときには拍手までしながら私の話を聞いてくれました。 「皆さんもお気づきのとおり、彼の言葉は限られていきましたが、理解力は衰えずに健在でした。だからあなたたちが電話で話し、切る前に”I love you”と伝えたなら、彼は返事ができなかったとしてもあなたの言ったことをわかっていましたよ。そして彼も”I love you, too”とあなたに返したかったと思います。そして、あなたが彼を大切に思っていたという事実は、言葉を失ってからも彼は忘れずにいました。彼のスピーチセラピストとして保証します。」私は最後にそう言ってステージを降りました。 失語症を患う患者さんの中には、この彼のように、世間には受け容れられない言葉を使うしかコミニケーションが取れない方々がいらっしゃいます。私はその方の唯一のコミニケーション方法を社会の目線で見て上から押さえつけるのではなく、それを基盤とした最大のコミニケーション方法を考案することを重視します。健康体である私たちには自分の思うままに言葉を使うという当たり前の自由があるのに、失語症になった方に対しては、汚い言葉を使ってはいけないなどと他人が口出しするのは筋違いではないでしょうか。むしろ、失語症の方が発する一言ひとことには、健康体の人々が発する言葉よりも多くの意味がこめられているわけですから、その方が発する言葉は良し悪しなく全て大切にしてあげるべきだと考えます。 あなたが、またはあなたにとって大切な人が現在受けている言語セラピーでは、セラピストが考える「正しい言葉づかい」にとらわれすぎた内容になっていませんか。また、あなたの自己表現力はセラピストに尊重されていない、と感じることはありませんか。もしそうなら、思い切って正直にあなたの気持ちを打ち明けることをお勧めします。それでも自分を尊重してもらえない場合は、どうぞいちど私にご相談ください。あなたの自己表現を大切にした言語セラピーを提供いたします。

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コラム5|Fワードだけで最後まで会話をした男性の話_イメージ画像

数年前の事です。突然失語症になり異常な行動を取るようになったという理由で、30代の男性が入院してきました。お母さまが傍で見守るなか私が言語力の検査をしているところ、脳外科の先生がやってきて、脳のがんです、手術が必要ですねと告知しました。男性もお母さまも驚きと絶望を隠せず涙をこらえきれない様子でした。

手術後、私はその男性の治療を担当したのですが、失語症がどんどん進行していくのがわかりました。診断を受けた直後、彼は病室を薄暗くしたまま1日中横になったままでしたが、悲しみを乗り越えたのか、数日後には懸命に言語セラピーに取り組むようになりました。

アメリカ英語には「Fワード」と呼ばれる言葉があります。いわゆる放送禁止用語であり、相手を軽蔑したり罵倒したりするのに使われる言葉ですが、強調する目的で使われることもよくあります。例えば “I am f***ing hungry!”は日本語で言えば 「もう超ハラ減った~!」みたいな言い方になります。もちろん公の場ではあまり使うべきではない言葉なので、近しい友達の間でのみ使われるのが通常です。彼は、もともとこのFワードを辺りかまわず連発するような話し方をする人でした。彼の体の半分ほどしかないとても小柄なお母さまが、私に失礼だと思ってか「ちょっと、いい加減にしなさいよそのしゃべり方!」と、始終たしなめていました。

この男性の失語症はいよいよ進行してきましたが、彼のFワードは衰えることなく、そのうち彼の発する言葉はFワードのみになっていきました。毎日看病に来ていたお母さまとしては、なんてお行儀の悪い、と言いたかったようですが、「これが息子さんのコミニュケーションの唯一の手段なのです。その言葉を使うことをやめろと言うのは、もう口をきくなということと同じです。お母さまとしては聞きがたいかもしれませんが、息子さんの唯一のコミニケーションの方法ですので、どうぞ使わせてあげてください」とお願いしました。

それからお母さまも、Fワードに少しずつ慣れていったようで、息子さんの使う乱暴な言葉をあたたかく見守るようになりました。

そこからFワードに基点を置いた彼のスピーチセラピーが始まりました。

「例えば “Fu*k!”は『もうマジかよ~!』“Fuuuu*k!” は『なんだよもう…。』頑張ってもう一言加えて“Fu*k yeah!”と言えれば『やったぜ!』となったり、Fワードはいろいろな表現に使えますよね。あなたにはイントネーションを使う力がちゃんとありますし、手や顔の筋肉も弱っていませんから、同じ“Fu*k!”でも様々な表情、ジェスチャーやイントネーションを組み合わせて、それで心の表現をすればいいんですよ」

と私は彼に説明ました。そんな言葉使うな、と言われると思っていたのか、彼は私の説明に対して、え?そんなんでいいの?といった様子でとても嬉しそうな顔をしました。

それからというもの、彼は積極的にFワードで友人と電話で話したり、家族と一緒に映画を見ながらFワードでコメントしたり、看護婦さんににランチがまずいと皿を指さしながらFワードでクレームをつけたり、彼なりに自由にコミニケーションをとるようになりました。

脳の手術が終わって退院した彼は、その後半年ほど経ってからまた行動がおかしくなったという理由で入院してきました。再び私が言語セラピーの担当になったのですが、看護婦さんに、「あの方は体も大きいし暴力振るいそうだから気をつけなさいよ」と警告されました。病室を覗くと、身長が2メートルほどもあるスポーツ選手のような体型をしていたあの彼が、Fワードを連発しながら病室を歩きまわっていました。これじゃあ看護師さんとしては少し怖いよね、と私は心の中で苦笑しました。彼は私に気がつくと、顔をパッと明るくさせ、“Fuuuu*k!”と言って私を迎えてくれました。当時私は双子の赤ちゃんを身ごもっていたのですが、私の大きくなったお腹を見て、また“Fuuuu*k!”と言い、私のお腹を両手で抱え、「赤ちゃんできたの?おめでとう!」と表現してくれました。

彼の理解力は衰えることなく、通常に会話を大まかにではありましたが、ひととおり理解することができました。私のジョークを聞いたり私が一緒にFワードを使うと、「先生、仕事でFワード使っていいの? 」と言いたげな顔で二カニカ笑ったり、わざと「誰かに聞かれたらマズイよ」とあたりを見渡すような素振りをしてふざけたりしました。

*****

それから彼が退院して何か月か経ったある日。お母さまから電話があり、彼が亡くなったと告げられました。そのうち起こってしまうことだとわかっていたことでしたが、「あんなに元気そうだったのに死んじゃったんだー」と、やるせない脱力感を感じました。

お母さまは、「息子の声を最後まで聞いてくれて、なにがあろうと言葉を失わないように励ましてくれて本当にどうもありがとうございました。近いうちに息子を送りだす気持ちで家族友人で集まることになっているんですが、よろしければいらしてくださいませんか。そして是非、そこでスピーチをしていただけないでしょうか。」と依頼されました。人前でスピーチなんて私はあまり得意じゃないから、ととっさに断ろうかと思ったのですが、彼の言語セラピストだった私にしかできないスピーチがあると思い、「はい、よろこんで!」と返事をしました。

彼の送別会は、薄緑色のじゅうたんが敷きつめられた市民ホールのこげ茶の折りたたみ椅子が並べられた一室で行われました。参加した方々は、素肌に皮のベスト、腕には刺青、赤や黒のバンダナにサングラス、あごひげ、そして皮パンツといった、きっとバイカーさん達なんだろうなと思われるいで立ちをした方々が大半を占めていました。やせて一層小柄になったお母さまが埋もれるようにその人たちに囲まれ、たくさんのハグを受けているのがとても印象的でした。

彼のご友人が次々とステージにあがり、おのおのが彼がどんな人だったか話をしました。小学生のころ、転入生にひとなつっこく「いっしょに遊ぼうよ」と誘ったときの話、高校でとりかえしのつかないようないたずらをした時の話。知り合い同士でなくても、スピーチを聞いてるみんなが何度も顔を見合わせて笑いながら「ああ、あいつはそういうやつだった」と頷きあっていました。

そして私のスピーチの番がまわって来ました。私は、彼がFワードで語ったジョークや、悲しみの訴えや、思いつくまま全てを話しました。大きくなった私のお腹を見て感激してくれFワードで祝福してくれたことも話しました。バイカーの皆さんは静かに見に耳を傾け、笑い、ときには拍手までしながら私の話を聞いてくれました。

「皆さんもお気づきのとおり、彼の言葉は限られていきましたが、理解力は衰えずに健在でした。だからあなたたちが電話で話し、切る前に”I love you”と伝えたなら、彼は返事ができなかったとしてもあなたの言ったことをわかっていましたよ。そして彼も”I love you, too”とあなたに返したかったと思います。そして、あなたが彼を大切に思っていたという事実は、言葉を失ってからも彼は忘れずにいました。彼のスピーチセラピストとして保証します。」私は最後にそう言ってステージを降りました。

失語症を患う患者さんの中には、この彼のように、世間には受け容れられない言葉を使うしかコミニケーションが取れない方々がいらっしゃいます。私はその方の唯一のコミニケーション方法を社会の目線で見て上から押さえつけるのではなく、それを基盤とした最大のコミニケーション方法を考案することを重視します。健康体である私たちには自分の思うままに言葉を使うという当たり前の自由があるのに、失語症になった方に対しては、汚い言葉を使ってはいけないなどと他人が口出しするのは筋違いではないでしょうか。むしろ、失語症の方が発する一言ひとことには、健康体の人々が発する言葉よりも多くの意味がこめられているわけですから、その方が発する言葉は良し悪しなく全て大切にしてあげるべきだと考えます。

あなたが、またはあなたにとって大切な人が現在受けている言語セラピーでは、セラピストが考える「正しい言葉づかい」にとらわれすぎた内容になっていませんか。また、あなたの自己表現力はセラピストに尊重されていない、と感じることはありませんか。もしそうなら、思い切って正直にあなたの気持ちを打ち明けることをお勧めします。それでも自分を尊重してもらえない場合は、どうぞいちど私にご相談ください。あなたの自己表現を大切にした言語セラピーを提供いたします。

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コラム4| 音楽を通じて思考力を示した青年の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%94-%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e3%82%92%e9%80%9a%e3%81%98%e3%81%a6%e6%80%9d%e8%80%83%e5%8a%9b%e3%82%92%e7%a4%ba%e3%81%97%e3%81%9f%e9%9d%92%e5%b9%b4%e3%81%ae%e8%a9%b1/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2594-%25e9%259f%25b3%25e6%25a5%25bd%25e3%2582%2592%25e9%2580%259a%25e3%2581%2598%25e3%2581%25a6%25e6%2580%259d%25e8%2580%2583%25e5%258a%259b%25e3%2582%2592%25e7%25a4%25ba%25e3%2581%2597%25e3%2581%259f%25e9%259d%2592%25e5%25b9%25b4%25e3%2581%25ae%25e8%25a9%25b1 Fri, 02 Sep 2022 01:27:48 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=561 まだ私が言語聴覚士の卵だった頃、担当した患者さんが今でも忘れられません。仮名をTさんとします。まだ若い大学生で、交通事故に遭い、それから言葉が出ないばかりでなくほとんど何の反応もなくなってしまったのです。私はこの方の初期検査の担当を任されました。 当時お世話になっていた上司は、「まずは患者さんのことを知りなさい。そのためには、患者さんの家族にインタビューすることから始めなさい。探偵になった気分でね」とアドバイスをしてくれました。探偵がするインタビューってどんなものだろう…。私は試行錯誤しながら、インタビューの質問を考えました。 緊張で震えながら、私はTさんの家族に電話をかけました。そして自己紹介をして、Tさんのお父さんにいろいろと質問をしていきました。話をしているうちに彼は音楽が好きで、事故前は楽器をよく弾いていたと言うことを聞きました。それから、手を振る相手に手を振り返したり、基本的な質問には拳に親指を上げてグッドと示すことはできる、という話も聞きだすことができました。 楽器は、事故以来、ケースから出してもいないと言う話。でももしかしたら検査の役に立つかもしれない。そう思った私は思い切って、「もし差し支えなければ、息子さんの楽器を1つ選んで持ってきていただけませんか」とお願いしてみました。お父さんは、検査の役に立つなら何でもやるといった様子で、「了解。楽器のどれか持っていくよ」と言って電話を切りました。 検査当日。車椅子に乗った彼が母親らしき女性に押されてクリニックに現れました。そしてその後にはお父さんと兄弟と思われる方が、ピアノと同じ幅の7オクターブもある大きなキーボードを2人がかりで抱えてきました。私の上司は驚きを隠せない様子でしたが (私も驚きましたが)、私が彼らを検査室に案内するのを黙って見守ってくれました。 私はまず、彼の目線に合わせて座り、彼に向って、これからいろいろと質問をしますので、親指を使って質問に答えてください、簡単な質問もそうでない質問もあるかもしれませんが、今日お会いするのが初めてなので、ちょっと我慢してお付き合いくださいね、と前置きしました。 あなたの名前はTさんですか、あなたは結婚していますか、など、親指の動きを使ってYES/NOで答えられる質問をしました。このような質問の彼の答えの理解力は確か50%ほどだったと思います。 そこからの検査はキーボードを使ったものでした。ここではあえて指示を与えず、黙ってキーボードを彼の前に設置しました。彼の言葉の理解力にとらわれず、ものを使ったり操作したりする思考力の検査がしたかったのです。 「ほらT、弾いてごらん」と彼をけしかけたり、隣に立って弾いて見せようとする家族を制し、少し時間をあげましょうと提案しました。それから20秒から30秒は何の反応もありませんでしたが、それからゆっくりと彼はキーボードに手を置き、指3本で和音を奏ではじめました。指がうまく動かず2鍵を指一本で押してしまったり不協和音が出たりすると、そのつど指の位置を変えて、着心地の良い和音に変えたり、それからまたしばらくすると、ゆっくりとスイッチに手を伸ばして音色を変えたりし始めました。 この動作は、いくつもの種類の思考力を表すものです。まずは行動を取ろうと思う意思。その行動を実践しようと思う思考力。キーボードを弾くための記憶力。和音が不況になった場合それを正そうと思う問題解決力。同じものを繰り返すのではなく新しい事をやってみようと思う発想力。そして楽器を弾くという1つのことを行うための集中力。 「Tさん、ありがとうございます。」と私は彼にお礼をし、彼と家族に向かって、これでTさんの思考力がだいぶよくわかりました。これを基盤にもっと複雑な問題解決の練習をしていくセラピーをすると良いと思いますと提案しました。ご家族の方々は、ありがとう、こんな方法で考え方がわかるなんて考えたこともなかったと嬉しそうでした。 スピーチセラピーと言うと、口頭で質問してそれに言葉で答えてもらう、もしくは、書いた質問を読んでもらったり、絵を指でさす、などがよくある検査の内容ですが、患者さんがこれまで大事にしてきたものや、特技に関係するものを、あえて言葉を使わず静かにそばに置いてあげることで、その方の反応を観察することができます。彼の場合はキーボードを使いましたが、家族のアルバムや、ペットやお孫さんの面白おかしい動画、食べたり飲んだりが安全にできる方の場合は好きな食べ物などを前に置いたり、それをあえて取り上げてしまった場合、もっとこっちへ持ってきてというそぶりをするかなども、とても役立つ情報が得られます。 あなたが、もしくはあなたのご家族が受けているスピーチセラピーでは、初めの検査で、言葉の能力だけでなく、思考力の検査もきちんとしてもらえたでしょうか。また、現在の最大の能力を引き出すようなクリエイティブな検査の内容だったでしょうか。もし、表面的な言葉の検査しかされていないということでしたら、思考力の検査もしてほしいとセラピストにお願いすることをおすすめします。現在受けている言語セラピーの初期検査の内容は、現在の能力には簡単すぎた、または難しすぎたとお感じの場合は、その旨をセラピストに相談し、難易度を調整して検査をし直してもらってみて下さい。 プレゼンス・スピーチセラピーでは、カリフォルニア州にお住まいの方を対象に、言語力、思考力の検査を承っております。ご希望の方は一度ご相談ください。詳しくお話を伺ったのち、全力でお手伝いさせていただきます。

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コラム4| 音楽を通じて思考力を示した青年の話_イメージ画像

まだ私が言語聴覚士の卵だった頃、担当した患者さんが今でも忘れられません。仮名をTさんとします。まだ若い大学生で、交通事故に遭い、それから言葉が出ないばかりでなくほとんど何の反応もなくなってしまったのです。私はこの方の初期検査の担当を任されました。

当時お世話になっていた上司は、「まずは患者さんのことを知りなさい。そのためには、患者さんの家族にインタビューすることから始めなさい。探偵になった気分でね」とアドバイスをしてくれました。探偵がするインタビューってどんなものだろう…。私は試行錯誤しながら、インタビューの質問を考えました。

緊張で震えながら、私はTさんの家族に電話をかけました。そして自己紹介をして、Tさんのお父さんにいろいろと質問をしていきました。話をしているうちに彼は音楽が好きで、事故前は楽器をよく弾いていたと言うことを聞きました。それから、手を振る相手に手を振り返したり、基本的な質問には拳に親指を上げてグッドと示すことはできる、という話も聞きだすことができました。

楽器は、事故以来、ケースから出してもいないと言う話。でももしかしたら検査の役に立つかもしれない。そう思った私は思い切って、「もし差し支えなければ、息子さんの楽器を1つ選んで持ってきていただけませんか」とお願いしてみました。お父さんは、検査の役に立つなら何でもやるといった様子で、「了解。楽器のどれか持っていくよ」と言って電話を切りました。

検査当日。車椅子に乗った彼が母親らしき女性に押されてクリニックに現れました。そしてその後にはお父さんと兄弟と思われる方が、ピアノと同じ幅の7オクターブもある大きなキーボードを2人がかりで抱えてきました。私の上司は驚きを隠せない様子でしたが (私も驚きましたが)、私が彼らを検査室に案内するのを黙って見守ってくれました。

私はまず、彼の目線に合わせて座り、彼に向って、これからいろいろと質問をしますので、親指を使って質問に答えてください、簡単な質問もそうでない質問もあるかもしれませんが、今日お会いするのが初めてなので、ちょっと我慢してお付き合いくださいね、と前置きしました。

あなたの名前はTさんですか、あなたは結婚していますか、など、親指の動きを使ってYES/NOで答えられる質問をしました。このような質問の彼の答えの理解力は確か50%ほどだったと思います。

そこからの検査はキーボードを使ったものでした。ここではあえて指示を与えず、黙ってキーボードを彼の前に設置しました。彼の言葉の理解力にとらわれず、ものを使ったり操作したりする思考力の検査がしたかったのです。

「ほらT、弾いてごらん」と彼をけしかけたり、隣に立って弾いて見せようとする家族を制し、少し時間をあげましょうと提案しました。それから20秒から30秒は何の反応もありませんでしたが、それからゆっくりと彼はキーボードに手を置き、指3本で和音を奏ではじめました。指がうまく動かず2鍵を指一本で押してしまったり不協和音が出たりすると、そのつど指の位置を変えて、着心地の良い和音に変えたり、それからまたしばらくすると、ゆっくりとスイッチに手を伸ばして音色を変えたりし始めました。

この動作は、いくつもの種類の思考力を表すものです。まずは行動を取ろうと思う意思。その行動を実践しようと思う思考力。キーボードを弾くための記憶力。和音が不況になった場合それを正そうと思う問題解決力。同じものを繰り返すのではなく新しい事をやってみようと思う発想力。そして楽器を弾くという1つのことを行うための集中力。

「Tさん、ありがとうございます。」と私は彼にお礼をし、彼と家族に向かって、これでTさんの思考力がだいぶよくわかりました。これを基盤にもっと複雑な問題解決の練習をしていくセラピーをすると良いと思いますと提案しました。ご家族の方々は、ありがとう、こんな方法で考え方がわかるなんて考えたこともなかったと嬉しそうでした。

スピーチセラピーと言うと、口頭で質問してそれに言葉で答えてもらう、もしくは、書いた質問を読んでもらったり、絵を指でさす、などがよくある検査の内容ですが、患者さんがこれまで大事にしてきたものや、特技に関係するものを、あえて言葉を使わず静かにそばに置いてあげることで、その方の反応を観察することができます。彼の場合はキーボードを使いましたが、家族のアルバムや、ペットやお孫さんの面白おかしい動画、食べたり飲んだりが安全にできる方の場合は好きな食べ物などを前に置いたり、それをあえて取り上げてしまった場合、もっとこっちへ持ってきてというそぶりをするかなども、とても役立つ情報が得られます。

あなたが、もしくはあなたのご家族が受けているスピーチセラピーでは、初めの検査で、言葉の能力だけでなく、思考力の検査もきちんとしてもらえたでしょうか。また、現在の最大の能力を引き出すようなクリエイティブな検査の内容だったでしょうか。もし、表面的な言葉の検査しかされていないということでしたら、思考力の検査もしてほしいとセラピストにお願いすることをおすすめします。現在受けている言語セラピーの初期検査の内容は、現在の能力には簡単すぎた、または難しすぎたとお感じの場合は、その旨をセラピストに相談し、難易度を調整して検査をし直してもらってみて下さい。

プレゼンス・スピーチセラピーでは、カリフォルニア州にお住まいの方を対象に、言語力、思考力の検査を承っております。ご希望の方は一度ご相談ください。詳しくお話を伺ったのち、全力でお手伝いさせていただきます。

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コラム3|左目の瞬きだけで意思を伝えた男性の話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%93%ef%bd%9c%e5%b7%a6%e7%9b%ae%e3%81%ae%e7%9e%ac%e3%81%8d%e3%81%a0%e3%81%91%e3%81%a7%e6%84%8f%e6%80%9d%e3%82%92%e4%bc%9d%e3%81%88%e3%81%9f%e7%94%b7%e6%80%a7%e3%81%ae/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2593%25ef%25bd%259c%25e5%25b7%25a6%25e7%259b%25ae%25e3%2581%25ae%25e7%259e%25ac%25e3%2581%258d%25e3%2581%25a0%25e3%2581%2591%25e3%2581%25a7%25e6%2584%258f%25e6%2580%259d%25e3%2582%2592%25e4%25bc%259d%25e3%2581%2588%25e3%2581%259f%25e7%2594%25b7%25e6%2580%25a7%25e3%2581%25ae Fri, 02 Sep 2022 01:16:54 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=547 「潜水服は蝶の夢を見る」という本を、皆さんは知っていますか。 大学院時代に、この本を読んで感想文を書きなさいという課題が出されたのが、私のこの本との出会いでした。 この本の主人公は40代の男性です。前コラムの女性と同じように閉じ込め症候群にかかってしまいましたが、彼の場合は、左目で瞬きができる以外の体を動かす能力を全て失ってしまいました。 2人の言語セラピストは、この目の瞬きを使ってコミュニケーションをとる方法を考えました。彼の母国語であるフランス語のアルファベットを、最も頻繁に使われる文字から最も使われない文字の順番に並べ替たものを読んでいき、彼が瞬きで反応するという仕組みです。 その具体的な方法は以下のとおりです。 男性が何か言いたいと思いついたらぱちぱちと瞬きをして周囲に「言いたいことがある」と合図します。 そこでセラピストが並べ替えた順に文字を言っていきます。 彼はそれに耳を傾け、言いたい文字を言われた瞬間、目を閉じます。そうすることで「言いたい言葉はその文字から始まる」と伝える、というものです。 これを日本語に置き換えてみましょう。 例えば患者さんが「とうきょう」と言いたいとします。 セラピストが「あ・い・う・え・お、か・き・く・け・こ、」と文字を順に読んでいき、「た・ち・つ・て・と」と言われた瞬間、患者さんがすかさず瞬きをし、「私が言いたいのは『と』から始まる言葉だ」と伝えます。 セラピストはそれからまた「あいうえお」にもどり、患者さんは「う」と言われたときを狙って瞬きをする、という具合です。 ここまで読んでお分かりのとおり、実に気の遠くなるようなコミュニケーションの方法ですが、この男性が意思を伝えるには、これ以外に方法はなかったのです。 急に背中がかゆくなったり首が痛くなったりして、周りに「せなか かゆい」「くび いたい」などと伝えたくても、対応してもらえるまで相当の時間と労力を要することは言うまでもありません。 信じられない話ですが、これは実話です。そしてこの本の著者は、まぎれもなく、閉じ込め症候群を患ったこの男性です。 彼は、言語セラピストが彼のためだけに考案したこの方法を頼りに、一つ一つ文字を伝えていき、閉じ込め症候群にかかってしまった苦悩や絶望感や回復の希望を綴り、一冊の本を書き上げたのです。 私は涙をたくさん流しながらその本を何度も読み返し、心を込めて感想文を書きあげました。なのに感想文の成績は…「B」。なんとも芳しくないものでした。 「えーっあんなに感動してあんなに思いを文章にしたつもりなのになんで?」と憤慨した私は、一体なんでBなんですかと教授に問いただしましたが、「この本の趣旨が全てわかっていない」というぼんやりとした答えしかもらえませんでした。 この教授が求めていた「感想」は何だったのか、私には未だ理解できません。このような本の感想を書けという課題自体、間違っているような気もします。 感想文の成績はどうあれ、あの本が、閉じ込め症候群にかかってしまったあの患者さんに提供したセラピーの基盤をくれたということに間違えはありません。クリアボードを見る方法とアルファベットを聞いて反応する方法は表面上は全く違いますが、どちらも、患者さんのからだの動きにコミュニケーションの方法を合わせる、という発想からきています。これを逆にしてしまい、言語聴覚士が用意したコミュニケーション法を患者さんにおしつけようとしまうと、当然無理が起こり、患者さんが使いたいと思わない、または使えない、使えても苦痛がともなう、などの状況に陥りがちです。 あなたが、またはあなたの大切な人が受けているスピーチセラピーサービスでは、ご自分にあっている、納得できるコミュニケーション方法を提案してもらっていますか。もしそうでないなら、検査をしなおし、現在の能力にあった方法を考案しなおしていただくようお願いすることをおすすめします。もしそれでも納得できるシステムを提案してもらえないようなら、どうぞ私に一度ご相談ください。全力でお手伝いいたします。

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コラム3|左目の瞬きだけで意思を伝えた男性の話_イメージ画像

「潜水服は蝶の夢を見る」という本を、皆さんは知っていますか。

大学院時代に、この本を読んで感想文を書きなさいという課題が出されたのが、私のこの本との出会いでした。

この本の主人公は40代の男性です。前コラムの女性と同じように閉じ込め症候群にかかってしまいましたが、彼の場合は、左目で瞬きができる以外の体を動かす能力を全て失ってしまいました。

2人の言語セラピストは、この目の瞬きを使ってコミュニケーションをとる方法を考えました。彼の母国語であるフランス語のアルファベットを、最も頻繁に使われる文字から最も使われない文字の順番に並べ替たものを読んでいき、彼が瞬きで反応するという仕組みです。

その具体的な方法は以下のとおりです。

男性が何か言いたいと思いついたらぱちぱちと瞬きをして周囲に「言いたいことがある」と合図します。

そこでセラピストが並べ替えた順に文字を言っていきます。

彼はそれに耳を傾け、言いたい文字を言われた瞬間、目を閉じます。そうすることで「言いたい言葉はその文字から始まる」と伝える、というものです。

これを日本語に置き換えてみましょう。

例えば患者さんが「とうきょう」と言いたいとします。

セラピストが「あ・い・う・え・お、か・き・く・け・こ、」と文字を順に読んでいき、「た・ち・つ・て・と」と言われた瞬間、患者さんがすかさず瞬きをし、「私が言いたいのは『と』から始まる言葉だ」と伝えます。

セラピストはそれからまた「あいうえお」にもどり、患者さんは「う」と言われたときを狙って瞬きをする、という具合です。

ここまで読んでお分かりのとおり、実に気の遠くなるようなコミュニケーションの方法ですが、この男性が意思を伝えるには、これ以外に方法はなかったのです。

急に背中がかゆくなったり首が痛くなったりして、周りに「せなか かゆい」「くび いたい」などと伝えたくても、対応してもらえるまで相当の時間と労力を要することは言うまでもありません。

信じられない話ですが、これは実話です。そしてこの本の著者は、まぎれもなく、閉じ込め症候群を患ったこの男性です。

彼は、言語セラピストが彼のためだけに考案したこの方法を頼りに、一つ一つ文字を伝えていき、閉じ込め症候群にかかってしまった苦悩や絶望感や回復の希望を綴り、一冊の本を書き上げたのです。

私は涙をたくさん流しながらその本を何度も読み返し、心を込めて感想文を書きあげました。なのに感想文の成績は…「B」。なんとも芳しくないものでした。

「えーっあんなに感動してあんなに思いを文章にしたつもりなのになんで?」と憤慨した私は、一体なんでBなんですかと教授に問いただしましたが、「この本の趣旨が全てわかっていない」というぼんやりとした答えしかもらえませんでした。

この教授が求めていた「感想」は何だったのか、私には未だ理解できません。このような本の感想を書けという課題自体、間違っているような気もします。

感想文の成績はどうあれ、あの本が、閉じ込め症候群にかかってしまったあの患者さんに提供したセラピーの基盤をくれたということに間違えはありません。クリアボードを見る方法とアルファベットを聞いて反応する方法は表面上は全く違いますが、どちらも、患者さんのからだの動きにコミュニケーションの方法を合わせる、という発想からきています。これを逆にしてしまい、言語聴覚士が用意したコミュニケーション法を患者さんにおしつけようとしまうと、当然無理が起こり、患者さんが使いたいと思わない、または使えない、使えても苦痛がともなう、などの状況に陥りがちです。

あなたが、またはあなたの大切な人が受けているスピーチセラピーサービスでは、ご自分にあっている、納得できるコミュニケーション方法を提案してもらっていますか。もしそうでないなら、検査をしなおし、現在の能力にあった方法を考案しなおしていただくようお願いすることをおすすめします。もしそれでも納得できるシステムを提案してもらえないようなら、どうぞ私に一度ご相談ください。全力でお手伝いいたします。

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コラム2|閉じ込め症候群を患った女性が伝えたかったこと https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%e3%80%80%ef%bc%92%e3%80%80%e9%96%89%e3%81%98%e8%be%bc%e3%82%81%e7%97%87%e5%80%99%e7%be%a4%e3%82%92%e6%82%a3%e3%81%a3%e3%81%9f%e5%a5%b3%e6%80%a7%e3%81%8c%e4%bc%9d%e3%81%88/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25e3%2580%2580%25ef%25bc%2592%25e3%2580%2580%25e9%2596%2589%25e3%2581%2598%25e8%25be%25bc%25e3%2582%2581%25e7%2597%2587%25e5%2580%2599%25e7%25be%25a4%25e3%2582%2592%25e6%2582%25a3%25e3%2581%25a3%25e3%2581%259f%25e5%25a5%25b3%25e6%2580%25a7%25e3%2581%258c%25e4%25bc%259d%25e3%2581%2588 Fri, 02 Sep 2022 01:07:22 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=548 何年も前の話です。ある病院のリハビリ棟で働いていたときのことです。脳溢血で体が硬直してしまった60代の女性が入院してきました。妻であり、働く母であるごく普通の女性が突然身動きもできなくなってしまったのです。 その方の担当になった時は正直どのように検査をしてどのようにセラピーをするべきか見当もつきませんでした。 病室に入ると、その女性はベッドの横の椅子に座っていました。顔がこわばっていて目が大きく開き、肩が上がっており、自分の体の中で窮屈そうにしている印象が今でも忘れられません。挨拶をしても、質問をしても、彼女は反応することが全くできませんでした。側に座っていたご主人も、どうすればいいのか分からず涙ぐんでいるようでした。 このような症状を、英語では「ロックインシンドローム」、日本語では「閉じ込め症候群」といいます。このような症状を及ぼしている患者さんのコミュニュケーションを実現させるには、まず、身体のどの部分が動くのかを調べることから始まります。 手指が動くなら、テキストメールや文字盤を使って言いたい事を綴る。指が動かなくても首が動くなら頷く、首を振る、欲しいものに顔を向ける、などといった方法が可能です。この女性の場合は、腕も、手指も首も動きませんでしたが、自然な動きを観察しているうちに、目が少し動くことがわかりました。 目の動きを利用して、私が言っている事を理解しているかどうかまず調べよう。そう思った私は、コップとペンをその女性の前に置いて、「コップはどちらですか」から始まり、選択肢を3つ、4つ、と増やしながら質問をしていきました。それから「コップではないもうひとつのものを見てください」「鍵を見てからペンをみてください」のように質問の内容を複雑にしていきました。結果は。。。正解率100%。これは彼女の理解力の高さを示しています。 やった!理解力があれば伝える力のセラピーに集中させてあげられる!喜びを感じると同時に、周りの言ってることがわかるのに自分から言葉にして気持ちを伝えられない、反応ができないなんてどれほど辛いだろうと思うと悲しくて仕方がなくなりました。 ようやく気を取り直した私は、ご主人に「奥様は周りが言っていることをほとんど理解しているようですよ。だから周りで奥様のことを話すのではなく、なんでも奥様に直接話かけるように心がけてくださいね。」と伝えました。ご主人はうれしそうに奥様に向かって「お前やったじゃないか!」と女性の方に手をのせました。 ここからは、絵を見て相手に要望を伝える、という練習です。初めは絵が描いてある紙をテーブルに置き、それを見て選ぶという方法をとりましたが、彼女の目の動きには限りがあり、どの絵を見ているのかが周囲にははっきり分かりませんでした。話し相手がその紙を持ち上げてそれに貼ってある絵を見てもらうという方法も、やはりどこを見ているのかがわかりづらく、あまり効果がありませんでした。 反対側から彼女の顔が見えるもの、と考えて、今度はA4サイズの透明なプラスチックの板に切り取った絵を貼って見せてみました。今度は反対側から彼女の視線がはっきりわかるので、どの絵を見ているのかだいぶわかりやすくなりました。しかし選択肢を多くしていくと、目線がぶれるため答えがはっきりしなくなってしまいます。 これを解消するために、横幅1メートル角ほどのクリアボードを用意し、それぞれの絵の距離を増やし、彼女がどの絵を見ているのかを周りがよりわかりやすいようにしました。 ここからは、要望を伝えるための絵の選択です。まずは「トイレ」や「痛み」などの体の機能に関する要望や、「ベッド(に入りたい)」「(ベッドの頭を)起こす・倒す」「ねがえり(したい)」など、要望を表す絵を正確に見る練習から始まり、その能力を使って家族やスタッフにしてほしいことを伝えられるようにしました。また、ボードの反対側から指す私の指先を追うことで、絵をより正確に見る練習を重ね、伝えたいことを確実に伝えられるように訓練もしました。さらに、「トイレの絵はどれですか」「ベッドの絵を見てください」などの問いかけに答える練習をするだけでなく、実際トイレに行きたくなった場合、自らクリアボードに視線を持っていき凝視することで何か言いたいということを周囲に伝えることを、いつも病室で付き添っていたご主人にも参加していただいて練習をしました。息子さんや娘さんは、はじめはおそるおそるお見舞いに来て、お母さんがかわいそう、見ていられない、といった様子でしたが、セラピーの過程を見守っているうちに、話しかけたり、目を逸らしたりせずしっかりと話を聞いてあげるようになりました。それからの道は長いものでしたが、少しずつ声が出るようになり、手も動くようになり、そして目の動きもすこしずつブレなくなってきたので、それに合わせてコミュニケーションの手段も小さいボードを使ったり、ものを指さしたり、ペンで書いたり、声で返事したりと発展していきました。 その女性はそれからまもなく、この病院のリハビリ課を退院し、長期リハビリ施設に移っていきました。1年ほど経ち、その施設に行く機会があり、その女性と再会することができました。女性は少々ぎこちないながらも、口頭で会話をできるようになっていました。私のことを覚えていてくださり、あの時は本当にどうもありがとう、あなたのおかげでここまでできるようになりましたと、微笑みながらお礼を言ってくれました。私にとっていつまでも忘れられない思い出です。 話す力を失った方たちにとって、コミュニケーションの能力をとりもどす一番の理由は、要求を満たすことではありません。大切な人たちに、「私はここにいるよ。言葉が出なくてもあなたのいっていることは全部わかるよ。心はいつもの私のままだよ。」と伝えることです。重度の失語症になった方はとくに、どこまで理解しているのか、思考力はもとのままなのかそれとも劣っているのか、くまなく検査し、ご家族の方にそれを知っていただくことを重視します。それと同時に、その方が最大のコミュニケーションがとれるか方法を考案し、それを患者さんやご家族・友人がすぐに使えるようなわかりやすいシステムづくりをしていきます。それだけでなく、患者さんの体の回復や変化を常に観察し、その方のコミュニケーションの内容を柔軟に変えていくことようこころがけています。 プレゼンス・スピーチセラピーは、カリフォルニア州で唯一、全米でも屈指の、日英両語による成人向けのスピーチセラピーを提供しております。 あなたは、または、あなたの大切な人は、自分の要求を伝える以上のスピーチセラピーを受けていますか。自分の存在をとりもどすことを目的とした、あなたにあったセラピーを受けたいのであれば、いちど私にご相談ください。

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何年も前の話です。ある病院のリハビリ棟で働いていたときのことです。脳溢血で体が硬直してしまった60代の女性が入院してきました。妻であり、働く母であるごく普通の女性が突然身動きもできなくなってしまったのです。

その方の担当になった時は正直どのように検査をしてどのようにセラピーをするべきか見当もつきませんでした。

病室に入ると、その女性はベッドの横の椅子に座っていました。顔がこわばっていて目が大きく開き、肩が上がっており、自分の体の中で窮屈そうにしている印象が今でも忘れられません。挨拶をしても、質問をしても、彼女は反応することが全くできませんでした。側に座っていたご主人も、どうすればいいのか分からず涙ぐんでいるようでした。

このような症状を、英語では「ロックインシンドローム」、日本語では「閉じ込め症候群」といいます。このような症状を及ぼしている患者さんのコミュニュケーションを実現させるには、まず、身体のどの部分が動くのかを調べることから始まります。

手指が動くなら、テキストメールや文字盤を使って言いたい事を綴る。指が動かなくても首が動くなら頷く、首を振る、欲しいものに顔を向ける、などといった方法が可能です。この女性の場合は、腕も、手指も首も動きませんでしたが、自然な動きを観察しているうちに、目が少し動くことがわかりました。

目の動きを利用して、私が言っている事を理解しているかどうかまず調べよう。そう思った私は、コップとペンをその女性の前に置いて、「コップはどちらですか」から始まり、選択肢を3つ、4つ、と増やしながら質問をしていきました。それから「コップではないもうひとつのものを見てください」「鍵を見てからペンをみてください」のように質問の内容を複雑にしていきました。結果は。。。正解率100%。これは彼女の理解力の高さを示しています。

やった!理解力があれば伝える力のセラピーに集中させてあげられる!喜びを感じると同時に、周りの言ってることがわかるのに自分から言葉にして気持ちを伝えられない、反応ができないなんてどれほど辛いだろうと思うと悲しくて仕方がなくなりました。

ようやく気を取り直した私は、ご主人に「奥様は周りが言っていることをほとんど理解しているようですよ。だから周りで奥様のことを話すのではなく、なんでも奥様に直接話かけるように心がけてくださいね。」と伝えました。ご主人はうれしそうに奥様に向かって「お前やったじゃないか!」と女性の方に手をのせました。

ここからは、絵を見て相手に要望を伝える、という練習です。初めは絵が描いてある紙をテーブルに置き、それを見て選ぶという方法をとりましたが、彼女の目の動きには限りがあり、どの絵を見ているのかが周囲にははっきり分かりませんでした。話し相手がその紙を持ち上げてそれに貼ってある絵を見てもらうという方法も、やはりどこを見ているのかがわかりづらく、あまり効果がありませんでした。

反対側から彼女の顔が見えるもの、と考えて、今度はA4サイズの透明なプラスチックの板に切り取った絵を貼って見せてみました。今度は反対側から彼女の視線がはっきりわかるので、どの絵を見ているのかだいぶわかりやすくなりました。しかし選択肢を多くしていくと、目線がぶれるため答えがはっきりしなくなってしまいます。

これを解消するために、横幅1メートル角ほどのクリアボードを用意し、それぞれの絵の距離を増やし、彼女がどの絵を見ているのかを周りがよりわかりやすいようにしました。

ここからは、要望を伝えるための絵の選択です。まずは「トイレ」や「痛み」などの体の機能に関する要望や、「ベッド(に入りたい)」「(ベッドの頭を)起こす・倒す」「ねがえり(したい)」など、要望を表す絵を正確に見る練習から始まり、その能力を使って家族やスタッフにしてほしいことを伝えられるようにしました。また、ボードの反対側から指す私の指先を追うことで、絵をより正確に見る練習を重ね、伝えたいことを確実に伝えられるように訓練もしました。さらに、「トイレの絵はどれですか」「ベッドの絵を見てください」などの問いかけに答える練習をするだけでなく、実際トイレに行きたくなった場合、自らクリアボードに視線を持っていき凝視することで何か言いたいということを周囲に伝えることを、いつも病室で付き添っていたご主人にも参加していただいて練習をしました。息子さんや娘さんは、はじめはおそるおそるお見舞いに来て、お母さんがかわいそう、見ていられない、といった様子でしたが、セラピーの過程を見守っているうちに、話しかけたり、目を逸らしたりせずしっかりと話を聞いてあげるようになりました。それからの道は長いものでしたが、少しずつ声が出るようになり、手も動くようになり、そして目の動きもすこしずつブレなくなってきたので、それに合わせてコミュニケーションの手段も小さいボードを使ったり、ものを指さしたり、ペンで書いたり、声で返事したりと発展していきました。

その女性はそれからまもなく、この病院のリハビリ課を退院し、長期リハビリ施設に移っていきました。1年ほど経ち、その施設に行く機会があり、その女性と再会することができました。女性は少々ぎこちないながらも、口頭で会話をできるようになっていました。私のことを覚えていてくださり、あの時は本当にどうもありがとう、あなたのおかげでここまでできるようになりましたと、微笑みながらお礼を言ってくれました。私にとっていつまでも忘れられない思い出です。

話す力を失った方たちにとって、コミュニケーションの能力をとりもどす一番の理由は、要求を満たすことではありません。大切な人たちに、「私はここにいるよ。言葉が出なくてもあなたのいっていることは全部わかるよ。心はいつもの私のままだよ。」と伝えることです。重度の失語症になった方はとくに、どこまで理解しているのか、思考力はもとのままなのかそれとも劣っているのか、くまなく検査し、ご家族の方にそれを知っていただくことを重視します。それと同時に、その方が最大のコミュニケーションがとれるか方法を考案し、それを患者さんやご家族・友人がすぐに使えるようなわかりやすいシステムづくりをしていきます。それだけでなく、患者さんの体の回復や変化を常に観察し、その方のコミュニケーションの内容を柔軟に変えていくことようこころがけています。

プレゼンス・スピーチセラピーは、カリフォルニア州で唯一、全米でも屈指の、日英両語による成人向けのスピーチセラピーを提供しております。

あなたは、または、あなたの大切な人は、自分の要求を伝える以上のスピーチセラピーを受けていますか。自分の存在をとりもどすことを目的とした、あなたにあったセラピーを受けたいのであれば、いちど私にご相談ください。

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コラム1|「失語症に負けたりしません。」グーとパーで会話したご夫婦のお話 https://presencespeech-ja.com/%e3%82%b3%e3%83%a9%e3%83%a0%ef%bc%91-%e3%82%b0%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%83%91%e3%83%bc%e3%81%a7%e4%bc%9a%e8%a9%b1%e3%81%ae%e7%b3%b8%e5%8f%a3%e3%82%92/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2582%25b3%25e3%2583%25a9%25e3%2583%25a0%25ef%25bc%2591-%25e3%2582%25b0%25e3%2583%25bc%25e3%2581%25a8%25e3%2583%2591%25e3%2583%25bc%25e3%2581%25a7%25e4%25bc%259a%25e8%25a9%25b1%25e3%2581%25ae%25e7%25b3%25b8%25e5%258f%25a3%25e3%2582%2592 Fri, 02 Sep 2022 00:41:36 +0000 https://presencespeech-ja.com/?p=538 何年も前のことです。ある病院で80代の日本人男性のセラピーを担当しました。仮名をMさんとします。Mさんは脳溢血で重度の失語症になってしまい、言葉が全く出てこず、ご自分の名前さえ言えないような状態でした。 その日は金曜日だったのですが、ソーシャルワーカーの話によると、Mさんはその日の夕方には退院の予定とのこと。訪問セラピーが自宅で始まるまでの数日間、奥様とコミュニケーションをとれる方法を考えてほしい、という相談を受けました。 このような重度の失語症の場合、書く能力や物を指さす能力が少しでもあればそれを使ってコミュニケーションの手段にするのが通常ですが、Mさんの奥様は目が見えない方でしたので、書いたり読んだりは、おふたりのコミュニケーションには残念ながら効果がないものでした。もともとスマートフォンやインターネットを使うような方であれば、書いた文章を音読する機能を利用することもできたと思いますが、その方はそのようなデバイスを使ったこともなく、Mさんの指先は脳溢血の後遺症でうまく動かないということもあり、それもふさわしくないコミュニケーションの方法だということは明瞭でした。 ここで私が思いついたのは、グーは「はい」パーは「いいえ」として、手で奥様とコミュニュケーションを取ることから始める、という方法でした。私はおふたりにこの方法を簡単に説明したのち、その場で練習してみることをおすすめしました。 「奥様、何か質問してみて下さい。ご主人が『はい』『いいえ』で答えられる質問です。」と促すと、奥様の質問は「今日の夜ごはん、何が食べたい?」というもの。しかしそれでは「はい」「いいえ」では答えられません。ご主人が好きな食べ物をひとつずつ「○○食べたい?」という形で聞いてみて下さい、と説明すると、奥様はなるほど、と思ったようで、 「今日の夜ごはん、おすしにしましょうか」と言い換えました。すると患者さんは笑顔になり、手のひらをにぎりグーにしました。「それでは、その手を奥様の腕に軽く押し付けるようにしましょう。そうすることで、奥様が手の形が見えなくても答えが伝わります。」と説明しました。ふたりとも嬉しそうにうなずいています。 それから奥様は色々とMさんに質問していきました。「頭はまだ痛い?」「看護婦さんを呼びましょうか」などなど。Mさんがそれにグーとパーで次々と答えていきます。意思の疎通ができるようになり、2人ともホッとした様子でした。 退院の手続きも終わり、車いすも手配されたとソーシャルワーカーからの電話があり、名残惜しいけれど私はここで失礼しようと病室を出ようとしたその時。奥様はMさんに「ドゥーユーラブミー?」と尋ねました。するとMさんは、しっかりと握ったこぶしを奥様の腕にぐいぐい押しつけてその質問に答えました。言葉にはならなくても「当たり前だろう」と言っているのがはっきりと伝わりました。2人はそのまましばらく泣いたり笑ったりしていました。 ことばは、情報を交換するためだけの道具ではありません。あなたの大切な人に心を伝える大事な「道」です。言葉のセラピーはドリルやワークシートにとどまってはいけないと私が常に提唱しているのはそのためです。その方のお悩みやご家庭の状況などを考えにいれ、今日何が一番役に立つのかを考えそれを基にセラピーをつくりあげていくことが言語聴覚士の本当の使命だと私は考えます。 あなたは、もしくはあなたが知っている失語症を患っている方は、現在、どのような言語セラピーを受けていらっしゃいますか?もし、ご自身の問題解決に役立っていないと感じられるなら、ご自分の言語聴覚士の方に相談し、セラピーの内容を変えていただくことをおすすめいたします。もしそれでもご自分の納得のいくセラピーが受けられないということでしたら、どうぞ一度私にご相談ください。これまでできなかったコミュニケーションの向上を実現できるよう、全力でご指導いたします。

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コラム1	グーとパーで会話の糸口を見つけたご夫婦のお話のイメージ

何年も前のことです。ある病院で80代の日本人男性のセラピーを担当しました。仮名をMさんとします。Mさんは脳溢血で重度の失語症になってしまい、言葉が全く出てこず、ご自分の名前さえ言えないような状態でした。

その日は金曜日だったのですが、ソーシャルワーカーの話によると、Mさんはその日の夕方には退院の予定とのこと。訪問セラピーが自宅で始まるまでの数日間、奥様とコミュニケーションをとれる方法を考えてほしい、という相談を受けました。

このような重度の失語症の場合、書く能力や物を指さす能力が少しでもあればそれを使ってコミュニケーションの手段にするのが通常ですが、Mさんの奥様は目が見えない方でしたので、書いたり読んだりは、おふたりのコミュニケーションには残念ながら効果がないものでした。もともとスマートフォンやインターネットを使うような方であれば、書いた文章を音読する機能を利用することもできたと思いますが、その方はそのようなデバイスを使ったこともなく、Mさんの指先は脳溢血の後遺症でうまく動かないということもあり、それもふさわしくないコミュニケーションの方法だということは明瞭でした。

ここで私が思いついたのは、グーは「はい」パーは「いいえ」として、手で奥様とコミュニュケーションを取ることから始める、という方法でした。私はおふたりにこの方法を簡単に説明したのち、その場で練習してみることをおすすめしました。

「奥様、何か質問してみて下さい。ご主人が『はい』『いいえ』で答えられる質問です。」と促すと、奥様の質問は「今日の夜ごはん、何が食べたい?」というもの。しかしそれでは「はい」「いいえ」では答えられません。ご主人が好きな食べ物をひとつずつ「○○食べたい?」という形で聞いてみて下さい、と説明すると、奥様はなるほど、と思ったようで、

「今日の夜ごはん、おすしにしましょうか」と言い換えました。すると患者さんは笑顔になり、手のひらをにぎりグーにしました。「それでは、その手を奥様の腕に軽く押し付けるようにしましょう。そうすることで、奥様が手の形が見えなくても答えが伝わります。」と説明しました。ふたりとも嬉しそうにうなずいています。

それから奥様は色々とMさんに質問していきました。「頭はまだ痛い?」「看護婦さんを呼びましょうか」などなど。Mさんがそれにグーとパーで次々と答えていきます。意思の疎通ができるようになり、2人ともホッとした様子でした。

退院の手続きも終わり、車いすも手配されたとソーシャルワーカーからの電話があり、名残惜しいけれど私はここで失礼しようと病室を出ようとしたその時。奥様はMさんに「ドゥーユーラブミー?」と尋ねました。するとMさんは、しっかりと握ったこぶしを奥様の腕にぐいぐい押しつけてその質問に答えました。言葉にはならなくても「当たり前だろう」と言っているのがはっきりと伝わりました。2人はそのまましばらく泣いたり笑ったりしていました。

ことばは、情報を交換するためだけの道具ではありません。あなたの大切な人に心を伝える大事な「道」です。言葉のセラピーはドリルやワークシートにとどまってはいけないと私が常に提唱しているのはそのためです。その方のお悩みやご家庭の状況などを考えにいれ、今日何が一番役に立つのかを考えそれを基にセラピーをつくりあげていくことが言語聴覚士の本当の使命だと私は考えます。

あなたは、もしくはあなたが知っている失語症を患っている方は、現在、どのような言語セラピーを受けていらっしゃいますか?もし、ご自身の問題解決に役立っていないと感じられるなら、ご自分の言語聴覚士の方に相談し、セラピーの内容を変えていただくことをおすすめいたします。もしそれでもご自分の納得のいくセラピーが受けられないということでしたら、どうぞ一度私にご相談ください。これまでできなかったコミュニケーションの向上を実現できるよう、全力でご指導いたします。

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