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コラム10|失語症のご家族をお持ちのあなたへ。あなたはどのようにしてコミュニケーションをとりますか。

以前担当した男性のお話です。数年前脳内出血を患い、以来体が半身不随になり、杖をついて歩くようになりました。身体の動きも生活に支障をきたす理由のひとつでしたが、その方の1番の悩みは言葉が出てこなくなってしまい、会話をするのにとても時間がかかるということでした。趣味はアウトドアスポーツと言うことで、とても活動的な方でしたが、脳血栓を患うことで生活が大きく変わってしまいました。 失語症の検査で有名なものに「ボストン ネーミングテスト」と言うものがあります。 物の絵を見てそれが何なのかを言うテストです。小型のアルバムやスケッチブックのような本の中に、一ページにつき一つ、絵が描いてあります。初めのうちは「家」「スプーン」など、使う頻度の高いもののイラストがでてきて、後半になると「カヌー」や 「竹馬」など、普段あまり聞いたり使ったりしないものの絵が出てきます。 初めのうちはわりとすらすらと者の名前を言えたその方は、サボテンの花を見て「なんだかはわかるんだけど言葉が出てこない。」と言ってそのままそのまま黙りこみ、そのまま静かに苦笑しながらその絵をじっと見つめていました。 「こういう風に、言葉が出ないと詰まってしまうんです。」と彼はたどたどしく説明します。「周りの人が気を使ってあなたの代わりに言ってしまうことはありますか。」と聞くと彼は顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。彼は私に人差し指で、すみませんちょっと待ってください、と言いたそうに私に合図しました。 しばらく待つと彼はようやく、私の顔を見上げ、咳を切ったように「妻が私の代わりに話そうとするんです。それがとっても悔しい。」と言葉を絞り出しました。「悔しいでしょうね。自分の考えを自分で言葉にして言いたいのは誰にとっても同じですよね。」と私が言うと、彼はそれまでこらえていた涙をこぼしながら何度も頷きました。「でもマイクさん、今あなたは指図をして私に時間をくださいと伝えてくださいましたよね。それをルール化するといいかもしれませんね。」と私は彼に伝えました。 失語症の方言葉が出ない方に自立心を持っていただくこと、存在感を感じていただくことはとても大切です。例えばあなたの奥様や旦那さんが失語症になってしまったとします。 お話をしていてご主人の言葉が出てこなくなったら、このように、時間をくださいと合図できるようなジェスチャーをあらかじめ作っておくといいでしょう。この方のように指を1本立ててちょっとお待ちくださいと言う指図は英語圏ではアメリカではほぼ誰にでも通用しますし、日本でも手を軽くあげるだけで同じような組合の意思の疎通ができます。 彼はサボテンの絵を見てそれが何なのかをすぐに言うことができませんでしたが、「ヒントがほしかったら『ヒント』と言ってください。そうしたら少しだけ手助けを差し上げます。そしてまた更に助けが必要であれば『ヒント』と言ってください。またすこしだけ手助けを差し上げます。」私がそう言うと、なるほどといった様子で私の目を見て頷き、サボテンの絵をまたしばらく見つめたあと「ヒント」と言って私に助けを促しました。「『サ』から始まります。」と私が言うと、彼はまたしばらく考え、「ヒント」と言いました。『サ』の後は3つの音が続きます、と言って私は左の後に3つの『〇』を書き、彼がそれを見て言葉を探し当てられるかどうかを見ました。それからしばらく時間が欲しいということを示す手振りと、助けが欲しいと言う意思を示す「ヒント」が繰り返されたのち、彼は「サボテン」を口に出すことができました。安堵の溜息と顔いっぱいの笑みで溢れました。 たかが「サボテン」と言う言葉を思い出すことがどうしてそんなに大事なことなのかと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしここでのポイントは、ものの呼び名を思い出すことよりも、話し手が時間が欲しい、助けが欲しいと言う意思を伝えるシステムづくりをすることが大事だということです。 あなたのご家族が失語症を患っている場合、このようにその方とミニュケーションを取る上で必要な相手への意思の疎通がきちんとシステム化されていれば、お互いストレスを軽減でき、会話の内容に集中することができます。 このように、言葉のセラピーでは、言葉を流暢に出せるようにするためのエクササイズだけではなく、生活をしていく中でのコミニケーションを潤滑にしていくシステムづくりにも力を入れるべきです。 もしあなたのご家族の言語セラピストがドリルや練習ばかりに時間を費やしているということであれば、普段どういうことがご家族の間でのコミニケーションに支障をきたしているか例を挙げて相談をすることをおすすめします。失語症が直るまでは普段の生活に近づけない、などと思わずに、今日からできる範囲で生活を取り戻していき生活の中で起こり得るコミニケーションのつまづきに対応していく言語セラピーを受けることが大切です。 プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に、言語セラピーをオンラインまたはサンディエゴ近郊にお住まいの方は必要に応じて訪問セラピーを提供しております。言語力、思考力でお悩みの方はどうぞいちどご相談ください。

コラム3|左目の瞬きだけで意思を伝えた男性の話

「潜水服は蝶の夢を見る」という本を、皆さんは知っていますか。 大学院時代に、この本を読んで感想文を書きなさいという課題が出されたのが、私のこの本との出会いでした。 この本の主人公は40代の男性です。前コラムの女性と同じように閉じ込め症候群にかかってしまいましたが、彼の場合は、左目で瞬きができる以外の体を動かす能力を全て失ってしまいました。 2人の言語セラピストは、この目の瞬きを使ってコミュニケーションをとる方法を考えました。彼の母国語であるフランス語のアルファベットを、最も頻繁に使われる文字から最も使われない文字の順番に並べ替たものを読んでいき、彼が瞬きで反応するという仕組みです。 その具体的な方法は以下のとおりです。 男性が何か言いたいと思いついたらぱちぱちと瞬きをして周囲に「言いたいことがある」と合図します。 そこでセラピストが並べ替えた順に文字を言っていきます。 彼はそれに耳を傾け、言いたい文字を言われた瞬間、目を閉じます。そうすることで「言いたい言葉はその文字から始まる」と伝える、というものです。 これを日本語に置き換えてみましょう。 例えば患者さんが「とうきょう」と言いたいとします。 セラピストが「あ・い・う・え・お、か・き・く・け・こ、」と文字を順に読んでいき、「た・ち・つ・て・と」と言われた瞬間、患者さんがすかさず瞬きをし、「私が言いたいのは『と』から始まる言葉だ」と伝えます。 セラピストはそれからまた「あいうえお」にもどり、患者さんは「う」と言われたときを狙って瞬きをする、という具合です。 ここまで読んでお分かりのとおり、実に気の遠くなるようなコミュニケーションの方法ですが、この男性が意思を伝えるには、これ以外に方法はなかったのです。 急に背中がかゆくなったり首が痛くなったりして、周りに「せなか かゆい」「くび いたい」などと伝えたくても、対応してもらえるまで相当の時間と労力を要することは言うまでもありません。 信じられない話ですが、これは実話です。そしてこの本の著者は、まぎれもなく、閉じ込め症候群を患ったこの男性です。 彼は、言語セラピストが彼のためだけに考案したこの方法を頼りに、一つ一つ文字を伝えていき、閉じ込め症候群にかかってしまった苦悩や絶望感や回復の希望を綴り、一冊の本を書き上げたのです。 私は涙をたくさん流しながらその本を何度も読み返し、心を込めて感想文を書きあげました。なのに感想文の成績は…「B」。なんとも芳しくないものでした。 「えーっあんなに感動してあんなに思いを文章にしたつもりなのになんで?」と憤慨した私は、一体なんでBなんですかと教授に問いただしましたが、「この本の趣旨が全てわかっていない」というぼんやりとした答えしかもらえませんでした。 この教授が求めていた「感想」は何だったのか、私には未だ理解できません。このような本の感想を書けという課題自体、間違っているような気もします。 感想文の成績はどうあれ、あの本が、閉じ込め症候群にかかってしまったあの患者さんに提供したセラピーの基盤をくれたということに間違えはありません。クリアボードを見る方法とアルファベットを聞いて反応する方法は表面上は全く違いますが、どちらも、患者さんのからだの動きにコミュニケーションの方法を合わせる、という発想からきています。これを逆にしてしまい、言語聴覚士が用意したコミュニケーション法を患者さんにおしつけようとしまうと、当然無理が起こり、患者さんが使いたいと思わない、または使えない、使えても苦痛がともなう、などの状況に陥りがちです。 あなたが、またはあなたの大切な人が受けているスピーチセラピーサービスでは、ご自分にあっている、納得できるコミュニケーション方法を提案してもらっていますか。もしそうでないなら、検査をしなおし、現在の能力にあった方法を考案しなおしていただくようお願いすることをおすすめします。もしそれでも納得できるシステムを提案してもらえないようなら、どうぞ私に一度ご相談ください。全力でお手伝いいたします。