
まだ私が言語聴覚士の卵だった頃、担当した患者さんが今でも忘れられません。仮名をTさんとします。まだ若い大学生で、交通事故に遭い、それから言葉が出ないばかりでなくほとんど何の反応もなくなってしまったのです。私はこの方の初期検査の担当を任されました。
当時お世話になっていた上司は、「まずは患者さんのことを知りなさい。そのためには、患者さんの家族にインタビューすることから始めなさい。探偵になった気分でね」とアドバイスをしてくれました。探偵がするインタビューってどんなものだろう…。私は試行錯誤しながら、インタビューの質問を考えました。
緊張で震えながら、私はTさんの家族に電話をかけました。そして自己紹介をして、Tさんのお父さんにいろいろと質問をしていきました。話をしているうちに彼は音楽が好きで、事故前は楽器をよく弾いていたと言うことを聞きました。それから、手を振る相手に手を振り返したり、基本的な質問には拳に親指を上げてグッドと示すことはできる、という話も聞きだすことができました。
楽器は、事故以来、ケースから出してもいないと言う話。でももしかしたら検査の役に立つかもしれない。そう思った私は思い切って、「もし差し支えなければ、息子さんの楽器を1つ選んで持ってきていただけませんか」とお願いしてみました。お父さんは、検査の役に立つなら何でもやるといった様子で、「了解。楽器のどれか持っていくよ」と言って電話を切りました。
検査当日。車椅子に乗った彼が母親らしき女性に押されてクリニックに現れました。そしてその後にはお父さんと兄弟と思われる方が、ピアノと同じ幅の7オクターブもある大きなキーボードを2人がかりで抱えてきました。私の上司は驚きを隠せない様子でしたが (私も驚きましたが)、私が彼らを検査室に案内するのを黙って見守ってくれました。
私はまず、彼の目線に合わせて座り、彼に向って、これからいろいろと質問をしますので、親指を使って質問に答えてください、簡単な質問もそうでない質問もあるかもしれませんが、今日お会いするのが初めてなので、ちょっと我慢してお付き合いくださいね、と前置きしました。
あなたの名前はTさんですか、あなたは結婚していますか、など、親指の動きを使ってYES/NOで答えられる質問をしました。このような質問の彼の答えの理解力は確か50%ほどだったと思います。
そこからの検査はキーボードを使ったものでした。ここではあえて指示を与えず、黙ってキーボードを彼の前に設置しました。彼の言葉の理解力にとらわれず、ものを使ったり操作したりする思考力の検査がしたかったのです。
「ほらT、弾いてごらん」と彼をけしかけたり、隣に立って弾いて見せようとする家族を制し、少し時間をあげましょうと提案しました。それから20秒から30秒は何の反応もありませんでしたが、それからゆっくりと彼はキーボードに手を置き、指3本で和音を奏ではじめました。指がうまく動かず2鍵を指一本で押してしまったり不協和音が出たりすると、そのつど指の位置を変えて、着心地の良い和音に変えたり、それからまたしばらくすると、ゆっくりとスイッチに手を伸ばして音色を変えたりし始めました。
この動作は、いくつもの種類の思考力を表すものです。まずは行動を取ろうと思う意思。その行動を実践しようと思う思考力。キーボードを弾くための記憶力。和音が不況になった場合それを正そうと思う問題解決力。同じものを繰り返すのではなく新しい事をやってみようと思う発想力。そして楽器を弾くという1つのことを行うための集中力。
「Tさん、ありがとうございます。」と私は彼にお礼をし、彼と家族に向かって、これでTさんの思考力がだいぶよくわかりました。これを基盤にもっと複雑な問題解決の練習をしていくセラピーをすると良いと思いますと提案しました。ご家族の方々は、ありがとう、こんな方法で考え方がわかるなんて考えたこともなかったと嬉しそうでした。
スピーチセラピーと言うと、口頭で質問してそれに言葉で答えてもらう、もしくは、書いた質問を読んでもらったり、絵を指でさす、などがよくある検査の内容ですが、患者さんがこれまで大事にしてきたものや、特技に関係するものを、あえて言葉を使わず静かにそばに置いてあげることで、その方の反応を観察することができます。彼の場合はキーボードを使いましたが、家族のアルバムや、ペットやお孫さんの面白おかしい動画、食べたり飲んだりが安全にできる方の場合は好きな食べ物などを前に置いたり、それをあえて取り上げてしまった場合、もっとこっちへ持ってきてというそぶりをするかなども、とても役立つ情報が得られます。
あなたが、もしくはあなたのご家族が受けているスピーチセラピーでは、初めの検査で、言葉の能力だけでなく、思考力の検査もきちんとしてもらえたでしょうか。また、現在の最大の能力を引き出すようなクリエイティブな検査の内容だったでしょうか。もし、表面的な言葉の検査しかされていないということでしたら、思考力の検査もしてほしいとセラピストにお願いすることをおすすめします。現在受けている言語セラピーの初期検査の内容は、現在の能力には簡単すぎた、または難しすぎたとお感じの場合は、その旨をセラピストに相談し、難易度を調整して検査をし直してもらってみて下さい。
プレゼンス・スピーチセラピーでは、カリフォルニア州にお住まいの方を対象に、言語力、思考力の検査を承っております。ご希望の方は一度ご相談ください。詳しくお話を伺ったのち、全力でお手伝いさせていただきます。