
数年前の事です。突然失語症になり異常な行動を取るようになったという理由で、30代の男性が入院してきました。お母さまが傍で見守るなか私が言語力の検査をしているところ、脳外科の先生がやってきて、脳のがんです、手術が必要ですねと告知しました。男性もお母さまも驚きと絶望を隠せず涙をこらえきれない様子でした。
手術後、私はその男性の治療を担当したのですが、失語症がどんどん進行していくのがわかりました。診断を受けた直後、彼は病室を薄暗くしたまま1日中横になったままでしたが、悲しみを乗り越えたのか、数日後には懸命に言語セラピーに取り組むようになりました。
アメリカ英語には「Fワード」と呼ばれる言葉があります。いわゆる放送禁止用語であり、相手を軽蔑したり罵倒したりするのに使われる言葉ですが、強調する目的で使われることもよくあります。例えば “I am f***ing hungry!”は日本語で言えば 「もう超ハラ減った~!」みたいな言い方になります。もちろん公の場ではあまり使うべきではない言葉なので、近しい友達の間でのみ使われるのが通常です。彼は、もともとこのFワードを辺りかまわず連発するような話し方をする人でした。彼の体の半分ほどしかないとても小柄なお母さまが、私に失礼だと思ってか「ちょっと、いい加減にしなさいよそのしゃべり方!」と、始終たしなめていました。
この男性の失語症はいよいよ進行してきましたが、彼のFワードは衰えることなく、そのうち彼の発する言葉はFワードのみになっていきました。毎日看病に来ていたお母さまとしては、なんてお行儀の悪い、と言いたかったようですが、「これが息子さんのコミニュケーションの唯一の手段なのです。その言葉を使うことをやめろと言うのは、もう口をきくなということと同じです。お母さまとしては聞きがたいかもしれませんが、息子さんの唯一のコミニケーションの方法ですので、どうぞ使わせてあげてください」とお願いしました。
それからお母さまも、Fワードに少しずつ慣れていったようで、息子さんの使う乱暴な言葉をあたたかく見守るようになりました。
そこからFワードに基点を置いた彼のスピーチセラピーが始まりました。
「例えば “Fu*k!”は『もうマジかよ~!』“Fuuuu*k!” は『なんだよもう…。』頑張ってもう一言加えて“Fu*k yeah!”と言えれば『やったぜ!』となったり、Fワードはいろいろな表現に使えますよね。あなたにはイントネーションを使う力がちゃんとありますし、手や顔の筋肉も弱っていませんから、同じ“Fu*k!”でも様々な表情、ジェスチャーやイントネーションを組み合わせて、それで心の表現をすればいいんですよ」
と私は彼に説明ました。そんな言葉使うな、と言われると思っていたのか、彼は私の説明に対して、え?そんなんでいいの?といった様子でとても嬉しそうな顔をしました。
それからというもの、彼は積極的にFワードで友人と電話で話したり、家族と一緒に映画を見ながらFワードでコメントしたり、看護婦さんににランチがまずいと皿を指さしながらFワードでクレームをつけたり、彼なりに自由にコミニケーションをとるようになりました。
脳の手術が終わって退院した彼は、その後半年ほど経ってからまた行動がおかしくなったという理由で入院してきました。再び私が言語セラピーの担当になったのですが、看護婦さんに、「あの方は体も大きいし暴力振るいそうだから気をつけなさいよ」と警告されました。病室を覗くと、身長が2メートルほどもあるスポーツ選手のような体型をしていたあの彼が、Fワードを連発しながら病室を歩きまわっていました。これじゃあ看護師さんとしては少し怖いよね、と私は心の中で苦笑しました。彼は私に気がつくと、顔をパッと明るくさせ、“Fuuuu*k!”と言って私を迎えてくれました。当時私は双子の赤ちゃんを身ごもっていたのですが、私の大きくなったお腹を見て、また“Fuuuu*k!”と言い、私のお腹を両手で抱え、「赤ちゃんできたの?おめでとう!」と表現してくれました。
彼の理解力は衰えることなく、通常に会話を大まかにではありましたが、ひととおり理解することができました。私のジョークを聞いたり私が一緒にFワードを使うと、「先生、仕事でFワード使っていいの? 」と言いたげな顔で二カニカ笑ったり、わざと「誰かに聞かれたらマズイよ」とあたりを見渡すような素振りをしてふざけたりしました。
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それから彼が退院して何か月か経ったある日。お母さまから電話があり、彼が亡くなったと告げられました。そのうち起こってしまうことだとわかっていたことでしたが、「あんなに元気そうだったのに死んじゃったんだー」と、やるせない脱力感を感じました。
お母さまは、「息子の声を最後まで聞いてくれて、なにがあろうと言葉を失わないように励ましてくれて本当にどうもありがとうございました。近いうちに息子を送りだす気持ちで家族友人で集まることになっているんですが、よろしければいらしてくださいませんか。そして是非、そこでスピーチをしていただけないでしょうか。」と依頼されました。人前でスピーチなんて私はあまり得意じゃないから、ととっさに断ろうかと思ったのですが、彼の言語セラピストだった私にしかできないスピーチがあると思い、「はい、よろこんで!」と返事をしました。
彼の送別会は、薄緑色のじゅうたんが敷きつめられた市民ホールのこげ茶の折りたたみ椅子が並べられた一室で行われました。参加した方々は、素肌に皮のベスト、腕には刺青、赤や黒のバンダナにサングラス、あごひげ、そして皮パンツといった、きっとバイカーさん達なんだろうなと思われるいで立ちをした方々が大半を占めていました。やせて一層小柄になったお母さまが埋もれるようにその人たちに囲まれ、たくさんのハグを受けているのがとても印象的でした。
彼のご友人が次々とステージにあがり、おのおのが彼がどんな人だったか話をしました。小学生のころ、転入生にひとなつっこく「いっしょに遊ぼうよ」と誘ったときの話、高校でとりかえしのつかないようないたずらをした時の話。知り合い同士でなくても、スピーチを聞いてるみんなが何度も顔を見合わせて笑いながら「ああ、あいつはそういうやつだった」と頷きあっていました。
そして私のスピーチの番がまわって来ました。私は、彼がFワードで語ったジョークや、悲しみの訴えや、思いつくまま全てを話しました。大きくなった私のお腹を見て感激してくれFワードで祝福してくれたことも話しました。バイカーの皆さんは静かに見に耳を傾け、笑い、ときには拍手までしながら私の話を聞いてくれました。
「皆さんもお気づきのとおり、彼の言葉は限られていきましたが、理解力は衰えずに健在でした。だからあなたたちが電話で話し、切る前に”I love you”と伝えたなら、彼は返事ができなかったとしてもあなたの言ったことをわかっていましたよ。そして彼も”I love you, too”とあなたに返したかったと思います。そして、あなたが彼を大切に思っていたという事実は、言葉を失ってからも彼は忘れずにいました。彼のスピーチセラピストとして保証します。」私は最後にそう言ってステージを降りました。
失語症を患う患者さんの中には、この彼のように、世間には受け容れられない言葉を使うしかコミニケーションが取れない方々がいらっしゃいます。私はその方の唯一のコミニケーション方法を社会の目線で見て上から押さえつけるのではなく、それを基盤とした最大のコミニケーション方法を考案することを重視します。健康体である私たちには自分の思うままに言葉を使うという当たり前の自由があるのに、失語症になった方に対しては、汚い言葉を使ってはいけないなどと他人が口出しするのは筋違いではないでしょうか。むしろ、失語症の方が発する一言ひとことには、健康体の人々が発する言葉よりも多くの意味がこめられているわけですから、その方が発する言葉は良し悪しなく全て大切にしてあげるべきだと考えます。
あなたが、またはあなたにとって大切な人が現在受けている言語セラピーでは、セラピストが考える「正しい言葉づかい」にとらわれすぎた内容になっていませんか。また、あなたの自己表現力はセラピストに尊重されていない、と感じることはありませんか。もしそうなら、思い切って正直にあなたの気持ちを打ち明けることをお勧めします。それでも自分を尊重してもらえない場合は、どうぞいちど私にご相談ください。あなたの自己表現を大切にした言語セラピーを提供いたします。