
数年前に担当した30代の男性入院患者さんのお話です。
日本では考えられないことだと思いますが、彼は麻薬の大量摂取により心臓発作を起こし、呼吸困難により脳に空気が回らなくなった窒息性脳障害になり、入院していました。病室に入ると、小柄でやせこけたその男性はいつも目を閉じていました。話しかけると目を開けて何かぼそぼそと口にするのですが、声が小さすぎて何を言ってるのかがわからないような状態でした。お名前はなんですか、と聞くと、下の名前ばかりを繰り返し、苗字は何ですかと聞いても下の名前を繰り返すばかりでした。この辺にお住まいですか、とか、出身はずっとちらですか、と聞いても、目がうつろで、かすかにうなずくか首を横に振るか、言葉で返さなければいけないような質問には黙って答えを返さないことが大半でした。彼が入院してきた当初はのみ込む力の検査が中心だったので、それほど深く話をすることもありませんでしたが、同僚の話だと、セラピーに参加してくれない、参加できない、何を聞いてもぼそぼそと話をするかもしくは返答自体を押しせずに下を向いて黙っている。少しも上達しない。と言う話ばかり聞きました。
1週間ほどしてまたその男性の担当することになったのですが、上達しない、参加できない人を対象にセラピーを続けていく事は倫理的に反すると言われるのがアメリカでは通常です。この男性の場合は経済的理由で健康保険は持ち合わせていないということでしたが、保険を持っている人の場合など、参加しない、参加できない、上達しないにもかかわらず1週間も2週間もセラピーを続けるとなると、それは保険金の間違った使い方とみなされます。保険がない人でも、同じように、上達しない、参加できない人を、セラピストが無理矢理セラピーを続けると言うのは、病院側からすればその時間の人件費の無駄とみなされも仕方がないと言う見方もあります。
この日私は、彼のセラピーを次週も1週間続けるか否かの推薦状を書く担当でした。そして医師にセラピーを続ける申請をしなければなりませんでした。
昨日彼のセラピーを担当した言語聴覚士の話だと、会話や質問の応答などは全く上達していないと言うことだから、それならセラピーの内容をがらりと変えてみよう。私はそう考えながらエレベーターに乗って彼の部屋まで向かいました。
病室に入ると、彼は前よりもさらにやせこけた顔で、じっと目を閉じていました。しかし、話しかけると、すぐに目を開け、私と目を合わせました。ちょっとの差ですが、1週間前と比べると、あのうつろな目ではないことに気が付きました。これなら、言葉を使わない思考力セラピーができるかもしれないと私は思い立ち、ナースステーションからメモ帳を借りてきて病室に戻り、メモ帳に1、2、3、4、5、6と1枚ずつに数を書いていきました。彼は黙って何かを書いている私の様子を見ていました。その様子も、ただ目を開けているのではなく、私の手の動きを目で追ったり、じっと目を凝らしている様子が分かりました。
メモ帳に番号を書いたものをの順番をバラバラにしていき「この番号を順番に並べてみてください。と言って私は6枚のカードを彼に見せました。彼は黙ったままでしたが、指で1、2、3、4、5、6と正しく指さすことができました。「やったね。100%ですよ。」「じゃぁもう少し難しくしていきましょう。」私はそう言って、今度はアルファベットの文字をメモ帳に書いていき、それを彼の前にまた腹腹の順で並べました。彼はルールを解釈したようで、A,B.C.D.E.Fと、多少ゆっくりではありましたが、1秒につき1枚ほどのペースで順にアルファベットの文字をさせていきました。「じゃあ今度は、アルファベットと一生交互に指さしてみて。と言いました。彼はこれにはてこずってしまい、カードをじっと見るだけでした。少しのヒントを与えるため、最初のAを私が選び、「次はどうする?」と聞いてみました。それでも彼はまたじっとしたままでした。もう少しヒントを与えます。Aの後は1、その後は2ですか、それともBですか? 他のカードを隠してBと2のカード2枚だけを見せると。彼は正しくBを指差しました。この調子で、中度のヒントを与えることで、彼はA.1,B,2,C,3と、文字と数を交互に並べていくことができました。看護師さんが入ってきて薬の準備を始めましたが、彼が次々にカードを指差していく様子を見て少し驚いたようでした。
私は「ちゃんとできてますよ。これ全部100%ですね。これからもセラピーを続けていて良くなっていきましょう。」と告げると、彼は私の目を見てにこっと笑いました。そして小さく「ありがとう。」と言いました。
麻薬常習者と言うと、もともとの知能や思考力は劣っていたのかもしれないとよく思われがちですが。自分の力で毎日食べ物を手に入れたりお金を手に入れたりして生活してきた彼ですから、それなりの思考力はあったと思います。しかし、長いこと簡単な応答もできないでいると、「セラピーをやる意味は本当にあるのか。思考力はほんとに皆無だったんじゃないか。」と誰かに問いただされたとしたら、この日の前までは私も返す言葉がなかったかもしれません。しかし、話しかけられて目を開けたときの彼の視線が、私の希望やいわば好奇心をかき立て、もっとできることがあるに違いないと思わせてくれたのです。そのおかげで、私は、それまで他のセラピストがやろうと思いつきもしなかったことをすることができ、そのおかげで、私は胸を張って医師にセラピーを続けさせてくださいと申請することができました。
もちろん麻薬常習者に限られず、会話ができない方失語症で黙っているだけの方の思考能力をテストするのは、容易なことではありません。1週間前の彼だったら、いくら私が頑張ったとしても、どんなセラピーにも参加できなかったと思います。しかし、脳が少しずつ回復していくにつれ、小さな行動や視線が変わったケースも多々あります。彼の場合も同じです。このようなわずかな動作をきちんと見極めて、その方の脳の作動状態に合わせた検査、セラピーを提供していくべきです。
あなたの大事な人が受けている言語セラピーは、現在の脳の作動に見合った内容でしょうか。30分、もしくは1時間、セラピーの時間の間沈黙が続くばかり、成功の瞬間が全くないと言う場合は、言い方は厳しいかもしれませんがその方の脳の作動がまだセラピーのふさわしいところまで届いていないか、そうでなければ、セラピストの検査の内容の選び方に落ち度があるという可能性もあります。そのような場合は、ぜひいちど、セラピストと相談してみてください。「セラピーにまだふさわしくない」と言われた場合は、他のセラピストにセカンドオピニオンを依頼することも必要です。そして、この人ならきちんと合ったセラピーを提供してくれるとと思えるようなセラピストに出会うことをお祈りします。
プレゼンスではカリフォルニア州の遠方にお住いの方対象に、オンラインセラピーと、近郊にお住いのかたには必要に応じて訪問セラピーを提供しています。現在のセラピーに関してお悩みの方は、私にいちどご相談ください。