コラム3|左目の瞬きだけで意思を伝えた男性の話

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「潜水服は蝶の夢を見る」という本を、皆さんは知っていますか。

大学院時代に、この本を読んで感想文を書きなさいという課題が出されたのが、私のこの本との出会いでした。

この本の主人公は40代の男性です。前コラムの女性と同じように閉じ込め症候群にかかってしまいましたが、彼の場合は、左目で瞬きができる以外の体を動かす能力を全て失ってしまいました。

2人の言語セラピストは、この目の瞬きを使ってコミュニケーションをとる方法を考えました。彼の母国語であるフランス語のアルファベットを、最も頻繁に使われる文字から最も使われない文字の順番に並べ替たものを読んでいき、彼が瞬きで反応するという仕組みです。

その具体的な方法は以下のとおりです。

男性が何か言いたいと思いついたらぱちぱちと瞬きをして周囲に「言いたいことがある」と合図します。

そこでセラピストが並べ替えた順に文字を言っていきます。

彼はそれに耳を傾け、言いたい文字を言われた瞬間、目を閉じます。そうすることで「言いたい言葉はその文字から始まる」と伝える、というものです。

これを日本語に置き換えてみましょう。

例えば患者さんが「とうきょう」と言いたいとします。

セラピストが「あ・い・う・え・お、か・き・く・け・こ、」と文字を順に読んでいき、「た・ち・つ・て・と」と言われた瞬間、患者さんがすかさず瞬きをし、「私が言いたいのは『と』から始まる言葉だ」と伝えます。

セラピストはそれからまた「あいうえお」にもどり、患者さんは「う」と言われたときを狙って瞬きをする、という具合です。

ここまで読んでお分かりのとおり、実に気の遠くなるようなコミュニケーションの方法ですが、この男性が意思を伝えるには、これ以外に方法はなかったのです。

急に背中がかゆくなったり首が痛くなったりして、周りに「せなか かゆい」「くび いたい」などと伝えたくても、対応してもらえるまで相当の時間と労力を要することは言うまでもありません。

信じられない話ですが、これは実話です。そしてこの本の著者は、まぎれもなく、閉じ込め症候群を患ったこの男性です。

彼は、言語セラピストが彼のためだけに考案したこの方法を頼りに、一つ一つ文字を伝えていき、閉じ込め症候群にかかってしまった苦悩や絶望感や回復の希望を綴り、一冊の本を書き上げたのです。

私は涙をたくさん流しながらその本を何度も読み返し、心を込めて感想文を書きあげました。なのに感想文の成績は…「B」。なんとも芳しくないものでした。

「えーっあんなに感動してあんなに思いを文章にしたつもりなのになんで?」と憤慨した私は、一体なんでBなんですかと教授に問いただしましたが、「この本の趣旨が全てわかっていない」というぼんやりとした答えしかもらえませんでした。

この教授が求めていた「感想」は何だったのか、私には未だ理解できません。このような本の感想を書けという課題自体、間違っているような気もします。

感想文の成績はどうあれ、あの本が、閉じ込め症候群にかかってしまったあの患者さんに提供したセラピーの基盤をくれたということに間違えはありません。クリアボードを見る方法とアルファベットを聞いて反応する方法は表面上は全く違いますが、どちらも、患者さんのからだの動きにコミュニケーションの方法を合わせる、という発想からきています。これを逆にしてしまい、言語聴覚士が用意したコミュニケーション法を患者さんにおしつけようとしまうと、当然無理が起こり、患者さんが使いたいと思わない、または使えない、使えても苦痛がともなう、などの状況に陥りがちです。

あなたが、またはあなたの大切な人が受けているスピーチセラピーサービスでは、ご自分にあっている、納得できるコミュニケーション方法を提案してもらっていますか。もしそうでないなら、検査をしなおし、現在の能力にあった方法を考案しなおしていただくようお願いすることをおすすめします。もしそれでも納得できるシステムを提案してもらえないようなら、どうぞ私に一度ご相談ください。全力でお手伝いいたします。