コラム2|閉じ込め症候群を患った女性が伝えたかったこと

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何年も前の話です。ある病院のリハビリ棟で働いていたときのことです。脳溢血で体が硬直してしまった60代の女性が入院してきました。妻であり、働く母であるごく普通の女性が突然身動きもできなくなってしまったのです。

その方の担当になった時は正直どのように検査をしてどのようにセラピーをするべきか見当もつきませんでした。

病室に入ると、その女性はベッドの横の椅子に座っていました。顔がこわばっていて目が大きく開き、肩が上がっており、自分の体の中で窮屈そうにしている印象が今でも忘れられません。挨拶をしても、質問をしても、彼女は反応することが全くできませんでした。側に座っていたご主人も、どうすればいいのか分からず涙ぐんでいるようでした。

このような症状を、英語では「ロックインシンドローム」、日本語では「閉じ込め症候群」といいます。このような症状を及ぼしている患者さんのコミュニュケーションを実現させるには、まず、身体のどの部分が動くのかを調べることから始まります。

手指が動くなら、テキストメールや文字盤を使って言いたい事を綴る。指が動かなくても首が動くなら頷く、首を振る、欲しいものに顔を向ける、などといった方法が可能です。この女性の場合は、腕も、手指も首も動きませんでしたが、自然な動きを観察しているうちに、目が少し動くことがわかりました。

目の動きを利用して、私が言っている事を理解しているかどうかまず調べよう。そう思った私は、コップとペンをその女性の前に置いて、「コップはどちらですか」から始まり、選択肢を3つ、4つ、と増やしながら質問をしていきました。それから「コップではないもうひとつのものを見てください」「鍵を見てからペンをみてください」のように質問の内容を複雑にしていきました。結果は。。。正解率100%。これは彼女の理解力の高さを示しています。

やった!理解力があれば伝える力のセラピーに集中させてあげられる!喜びを感じると同時に、周りの言ってることがわかるのに自分から言葉にして気持ちを伝えられない、反応ができないなんてどれほど辛いだろうと思うと悲しくて仕方がなくなりました。

ようやく気を取り直した私は、ご主人に「奥様は周りが言っていることをほとんど理解しているようですよ。だから周りで奥様のことを話すのではなく、なんでも奥様に直接話かけるように心がけてくださいね。」と伝えました。ご主人はうれしそうに奥様に向かって「お前やったじゃないか!」と女性の方に手をのせました。

ここからは、絵を見て相手に要望を伝える、という練習です。初めは絵が描いてある紙をテーブルに置き、それを見て選ぶという方法をとりましたが、彼女の目の動きには限りがあり、どの絵を見ているのかが周囲にははっきり分かりませんでした。話し相手がその紙を持ち上げてそれに貼ってある絵を見てもらうという方法も、やはりどこを見ているのかがわかりづらく、あまり効果がありませんでした。

反対側から彼女の顔が見えるもの、と考えて、今度はA4サイズの透明なプラスチックの板に切り取った絵を貼って見せてみました。今度は反対側から彼女の視線がはっきりわかるので、どの絵を見ているのかだいぶわかりやすくなりました。しかし選択肢を多くしていくと、目線がぶれるため答えがはっきりしなくなってしまいます。

これを解消するために、横幅1メートル角ほどのクリアボードを用意し、それぞれの絵の距離を増やし、彼女がどの絵を見ているのかを周りがよりわかりやすいようにしました。

ここからは、要望を伝えるための絵の選択です。まずは「トイレ」や「痛み」などの体の機能に関する要望や、「ベッド(に入りたい)」「(ベッドの頭を)起こす・倒す」「ねがえり(したい)」など、要望を表す絵を正確に見る練習から始まり、その能力を使って家族やスタッフにしてほしいことを伝えられるようにしました。また、ボードの反対側から指す私の指先を追うことで、絵をより正確に見る練習を重ね、伝えたいことを確実に伝えられるように訓練もしました。さらに、「トイレの絵はどれですか」「ベッドの絵を見てください」などの問いかけに答える練習をするだけでなく、実際トイレに行きたくなった場合、自らクリアボードに視線を持っていき凝視することで何か言いたいということを周囲に伝えることを、いつも病室で付き添っていたご主人にも参加していただいて練習をしました。息子さんや娘さんは、はじめはおそるおそるお見舞いに来て、お母さんがかわいそう、見ていられない、といった様子でしたが、セラピーの過程を見守っているうちに、話しかけたり、目を逸らしたりせずしっかりと話を聞いてあげるようになりました。それからの道は長いものでしたが、少しずつ声が出るようになり、手も動くようになり、そして目の動きもすこしずつブレなくなってきたので、それに合わせてコミュニケーションの手段も小さいボードを使ったり、ものを指さしたり、ペンで書いたり、声で返事したりと発展していきました。

その女性はそれからまもなく、この病院のリハビリ課を退院し、長期リハビリ施設に移っていきました。1年ほど経ち、その施設に行く機会があり、その女性と再会することができました。女性は少々ぎこちないながらも、口頭で会話をできるようになっていました。私のことを覚えていてくださり、あの時は本当にどうもありがとう、あなたのおかげでここまでできるようになりましたと、微笑みながらお礼を言ってくれました。私にとっていつまでも忘れられない思い出です。

話す力を失った方たちにとって、コミュニケーションの能力をとりもどす一番の理由は、要求を満たすことではありません。大切な人たちに、「私はここにいるよ。言葉が出なくてもあなたのいっていることは全部わかるよ。心はいつもの私のままだよ。」と伝えることです。重度の失語症になった方はとくに、どこまで理解しているのか、思考力はもとのままなのかそれとも劣っているのか、くまなく検査し、ご家族の方にそれを知っていただくことを重視します。それと同時に、その方が最大のコミュニケーションがとれるか方法を考案し、それを患者さんやご家族・友人がすぐに使えるようなわかりやすいシステムづくりをしていきます。それだけでなく、患者さんの体の回復や変化を常に観察し、その方のコミュニケーションの内容を柔軟に変えていくことようこころがけています。

プレゼンス・スピーチセラピーは、カリフォルニア州で唯一、全米でも屈指の、日英両語による成人向けのスピーチセラピーを提供しております。

あなたは、または、あなたの大切な人は、自分の要求を伝える以上のスピーチセラピーを受けていますか。自分の存在をとりもどすことを目的とした、あなたにあったセラピーを受けたいのであれば、いちど私にご相談ください。