
脳の病気やけがの後遺症で、体の一部が思い通りに動かなくなる、失行という症状がみられる場合があります。たとえば、「手をあげてください」と言われて、言われていることは解っているのに別の体の部分が動いてしまったり、手をあげようとしているのにその手が鼻に行ってしまったり、という具合です。
失行が顔面に起こると、たとえば頬を膨らませようとしているのに舌が出てしまったり、舌を出そうとしているのに歯をむき出すような動作になってしまったりします。
これは、「脳からの信号が体の正しい部分に送られない状態」ことから起こります。
言葉をはっきりと発するには、舌やくちびる、頬などが同時にうまく作動することが必要です。それができなくなると、言いたい言葉が思うように出てこなくなります。たとえば、「めだまやき」と言いたいのに、「でまなたみ」と口から出てしまう、または「めだ」のあと止まってしまい最後まで言えない、言い始めることができない、などが例に挙げられます。
言語失行が起こると、他人の動作やが言った言葉を真似することも困難になります。ですから「こうやってごらん」と口を開けて見せても、歯を見せるような動作をしたり、「めだまやき、って言ってごらん」と言っても口をとがらせるような仕草ばかりをして、言葉を発する様子を見せない、なども珍しくありません。
一般的に、失行になったご家族やご友人の言葉をとりもどす手助けをしようとするとき、まずは真似をさせよう、と思う方が多いようです。言葉の習得は真似から、と考えてのことでしょう。あなたも、たとえば外国の方に日本語を教えてといわれたら、とりあえず自分が言う言葉を真似してもらおうと、「私について言ってみて。『お・は・よ・う』」などと、言葉を繰り返すよう指示するのではないでしょうか。
言語失行を患った方にとって、この方法はとても苦痛です。
おはようって言って言ってごらん、と家族にたしなまれて、言いたいのに言葉が出てこなかったり、言葉が出てもその音があべこべになってしまうと、こんなこともできないのか、と失望を感じたり、苛立ちを感じてしまうのは無理もありません。
周囲で見守るご家族の方やご友人も、驚きや失望感を訴える方々も少なくありません。
私の言ってることがわからなくなってしまったんじゃないか、思考能力が低下してるのでは、と感じる方も多いですし、中には、何か言ってほしいのに歯をむき出したりして、もしかして私のことを馬鹿にしてるんじゃないか、と言う人まで出てきます。
しかし言語失行は、思っていることが思うようにできない、言いたいことが言いたいように出てこない、と言う症状を持つ疾患ですから、理解力や思考能力や言葉の理解力とは全く関係がありません。
このような苛立ちは、これまでの日常生活で、あなたも味わったことがあるかもしれません。
解りやすい例をあげてみましょう。あなたが、ゴルフやテニスなど、今までやったことのないスポーツを始めたとします。コーチは、「このようにラケットを振るといいよ、このように角度をつけて、ボールが来たらすぐに腕を振って、などと手本を見せてくれます。でも、あなたの体はが思うように動きません。それを見たコーチは、「私の真似をすればいいんだよ、ほらこうやって」と真似を促したとします。あなたは、「言ってることは解ってるけど思い通りに体が動かないんだよ」と心の中で思ったとします。そのうちコーチがイライラしだして、「なんでこんなこともできないんだ。私のこと馬鹿にしてるのか。」などと言ったり、他のコーチに、「あの人、こんな簡単なこともできないんだよ。」などと言っているところを耳にしてしまったとします。あなたはどんな気持ちになるでしょうか。
もう一つ例を挙げてみましょう。アメリカに留学したことのある人、ホームステイをしたことのある人は憶えがあるかもしれませんが、言われている事はわかるのに思うように返答ができない。返答したいけど時間がかかるから考えている間に周りの話がどんどん進んでいってしまう。やっとひとこと言えたが、その言葉になまりがあったり、音があべこべになってしまったり、また違う言葉に聞こえてしまったりして、周りに笑われてしまった。などとします。とても肩身の狭い思いをしたり、悔しい思いをしたりするのではないのでしょうか。
このテニスやゴルフ、ホームステイの例は、悔しさや恥ずかしさはお分かりいただけると思いますが、言語失行の大きな違いは、その症状が軽減、改善するまでこの状態がずっと続くと言うことです。テニスやゴルフを止めてしまえばそのような恥ずかしさや悔しさは味わわなくてすみますし、もっと理解力のあるコーチに教わればこのような侮辱を味わうことでもなく済みます。ホームステイで恥ずかしい思いをしたと言う場合も、ホームステイ先を変えたり、日本語で話をしている間は、そのような恥ずかしさを味わなくても済みます。
しかし言語失行は、環境を問わず四六時中患者さんのあとをついていきます。ですから周囲の理解とサポートがその分数倍も重要になってくると言うわけです。
あなたにとって大切な人が言語失行を患ってしまったら、失行を理解することから始めることをおすすめします。ここまでをまとめると、言語失行は、一見簡単な事も行動に移せなくなる、言葉の理解力や思考力とは全く関係がない、周囲が真似をしてと促して真似ができなくてもそれは失行が原因であり、セラピーのやる気がないとか周囲を馬鹿にしていると言うことではない、と言うことを理解することです。
ただし中には、思考能力の低下が併合していることもありますし、心理的な落ち込みやショックなどがコミュニケーション力の衰退につながってしまうケースもあります。
ですから、どの症状が失行に関連しているのか、他に併合している障害はあるのか、それぞれの疾患に有効なセラピーの方法にはどんなものがあるのか、家庭でできることはどのようなことなのか。解説や例えを使ってきちんと説明してくれる言語セラピストから治療を受けるべきです。
あなたの周りに言語失行を患っている方はいらっしゃいますか。その方の言語セラピストは、失行に関して解説やアドバイスをきちんとしてくださっているでしょうか。もしそうでないなら、その方に、説明をしていただくようお願いすることをお勧めします。
プレゼンスでは、カリフォルニア州にお住いの方々を対象に言語セラピー、思考力セラピーをオンラインそしてサンディエゴ近郊にお住いの方々には訪問セラピーを提供しています。言語障害、思考障害に関して悩んでいることがある方はどうぞいちどご相談ください。